小さな『フィアット・パンダ』、パンディーナにアウトビアンキの車名が復活 先代ランチア・イプシロンの精神的後継車【日本版編集長コラム #105】

公開 : 2026.10.25 12:05

AUTOCAR JAPAN編集長ヒライによる、『日本版編集長コラム』です。最近乗ったクルマの話、取材を通じて思ったことなどを、わりとストレートに語ります。第105回は予定を変更して、『アウトビアンキ』の車名が復活した話です。

どうしても先に書きたい話

今週はマツダCX-30の続きを書くつもりだったが、どうしても先に書きたい話ができてしまい、予定を変更することにした。それは10月21日にイタリア本国で発表された、『フィアット・パンディーナ・トリブート・アウトビアンキ』と呼ばれるニューモデルの話である。

順を追って説明したい。『パンディーナ』とは、元々は3代目『フィアット・パンダ』のことで、2024年2月29日に車名が変更されている。最近日本にも導入された『フィアット・グランデ・パンダ』はBセグメントで、パンディーナはAセグメント。つまり大きな(グランデ)パンダと、可愛い女の子を表す時に使う『イーナ』を組み合わせた小さなパンディーナに枝分かれしたわけだ。

10月21日にイタリア本国で発表された、『フィアット・パンディーナ・トリブート・アウトビアンキ』。
10月21日にイタリア本国で発表された、『フィアット・パンディーナ・トリブート・アウトビアンキ』。    ステランティス

振り返るとフィアット500がEV化された際に、新型パンダもEVとなることが明言され、500eのパンダ版が登場すると予想されていた。しかし電動化に逆風が起き、恐らくはお蔵入りに。そこで急きょパンディーナの生産が延長されたわけだ。

ちなみに2024年2月の時点でパンディーナは『少なくとも2027年まで生産』するとされ、生産量を20%増やすと発表。最新のADAS、アップルカープレイやアンドロイドオートにも対応する新しいデジタルクラスターなどを採用した。

そして今回そのパンディーナに追加されたのが、トリブート・アウトビアンキというわけである。

最初のアウトビアンキは1957年のビアンキーナ

アウトビアンキは1899年に誕生した自転車でも有名な『ビアンキ』の自動車(アウト)部門で、フィアットとピレリが出資する形で1955年に誕生したブランド。最初のモデルは、1957年の『ビアンキーナ』だった。そう、ここでも『イーナ』が使われているのだ。

ビアンキーナはいくつかのバリエーションが作られ、1964年には『プリムラ』、1969年に『A111』と『A112』が登場している。A112は1985年まで生産され、その後継車が同年に登場した『アウトビアンキY10』だ。日本ではJAXやオートザムを通じて販売されたが、実はイタリアと日本以外では『ランチアY10』と呼ばれていた。

日本ではJAXやオートザムを通じて販売された『アウトビアンキY10』。イタリアと日本以外では『ランチアY10』と呼ばれていた。
日本ではJAXやオートザムを通じて販売された『アウトビアンキY10』。イタリアと日本以外では『ランチアY10』と呼ばれていた。    ステランティス

そしてY10の生産終了と同時に、アウトビアンキの車名は途絶えることになるが、その生産終了からちょうど30年を記念して、今回その車名が復活した形だ。

ただし、ランチアの公式上は『Y10』を初代イプシロンと数え、1996年に登場した『ランチアY』が2代目扱い。2003年に3代目、2011年に4代目が登場している。蛇足ながら、筆者の愛車が3代目の限定車『イプシロン・モモデザイン』だ。

そして現在は5代目イプシロンが発売されているが、これはグランデ・パンダと同じBセグメント。つまり、Aセグメントであるイプシロンの後継車は存在しないことになる。しかし、ちょっと高級なスモールカーは確実に需要があるようで、そこに向けて企画されたのが今回のトリブート・アウトビアンキだと考えれば合点がいく。

最初にこの発表を見た時、アウトビアンキ復活をランチアではなくフィアットでやることに違和感を覚えたが、そもそもY10はフィアット・パンダがベースで、また、ディテールを観察していくとちゃんとこれまでの歴史を踏まえており、今ではすっかり納得している。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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