【麻薬と不正利用 ロータスの関与】デロリアンDMC-12 開発と倒産の裏話 前編

公開 : 2020.04.23 10:20  更新 : 2020.12.08 11:05

マーティとドックによって、一躍スター級のスポーツカーとなった、デロリアンDMC-12。斬新な新モデルへ関わった人たちのインタビューを、ご紹介しましょう。タイムトラベルが眼中になかったことは、間違いありません。

もくじ

バック・トゥ・ザ・フューチャーで一躍有名に
GM最年少のスピード出世からの起業
創業者の信用失墜とともに会社も倒産
デロリアン工場の施工に携わった内装職人

バック・トゥ・ザ・フューチャーで一躍有名に

text:Richard Bremner(リチャード・ブレンナー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
タイムトラベルのアドベンチャー映画が上映されていなければ、ステンレス製のボディにガルウイング・ドアを備えたデロリアンDMC-12は、今ほどの知名度は得ていなかっただろう。

デロリアンのデザインは、フラックス・キャパシターがなくても充分に個性的。それだけでなく、クルマが備える欠陥や、開発者が犯した犯罪は、ちょっとした物語級の面白さがある。

デロリアンDMC-12
デロリアンDMC-12

世界中で好まれているバック・トゥ・ザ・フューチャーは、御存知の通り3部作。テーマパークのアトラクションにもなっている。だが、DMC-12の開発ストーリーも同じくらい興味深いと思う。実際、映画にもなった。

DMC-12の開発が行われたのは、1981年から1983年という短期間。もっとも、映画の存在がなければ、開発の裏話も旧車マニアや北アイルランドの歴史好きに受けた程度だったかもしれないけれど。

1979年、英国政府はデロリアン・プロジェクトを進めるため、5,300万ポンド(71億5500万円)という資金援助を行った。失業者対策として。しかしすぐに、数百万ポンド(数億円)に及ぶ資金の使途不明利用が発覚する。

ロータスの関与や、タイミングの良いコーリン・チャップマンの死去。創設者、ジョンZデロリアンによる180万ドル(2億円)のコカイン取引など、逸話やスキャンダルも絶えないのが、デロリアンでもある。

GM最年少のスピード出世からの起業

創設者のジョンZデロリアンは、1960年代、最も華やかに自動車業界で活躍した人物の1人だった。40歳でゼネラル・モータースとして最年少の部門マネージャーに昇格。GM内でもトップ級の仕事をこなした。

マネージャーにしてはカジュアルな風貌に、少なくないテレビ出演など、お硬い幹部の間での評判は良いわけではなかった。1973年にはマネージャーを降り、フロリダのGMディーラーで働くようになった。

デロリアンDMC-12
デロリアンDMC-12

その後、ジョンZデロリアンは新たな事業に乗り出す。デロリアン・モーター・カンパニーを立ち上げ、彼の名を冠したスポーツカーを計画。英国政府は北アイルランドに、製造工場を準備した。

当時の政府は、経済的に厳しかった北アイルランドでの雇用拡大の手段として、デロリアンに大きな期待を寄せていた。創業後しばらくは、政府の期待通りの成果を挙げていた。

新しいスポーツカーは、バックボーン・シャシーを備え、ボディはステンレスを用いたコンポジット・パネルが採用された。レイアウトはリアエンジン・リアドライブ。ルノー製のV型6気筒エンジンが動力源だった。

イタリアのカーデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロのドラマチックなスタイリングは、ガルウイング・ドアが最大の目印。だが、会社の運命も負けじとドラマチックだ。

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