【小さなロールス・ロイスが目標】トライアンフがベースのパンサー・リオ 後編

公開 : 2020.05.03 16:50  更新 : 2020.12.08 11:04

パンサー・リオというクルマをご存知でしょうか。オーナーのピーター・メイヨーは、トライアンフがベースの、小さなロールス・ロイスをこよなく愛するマニア。わずか18台の生産に留まった珍しい1台をご紹介します。

もくじ

パンサーを5台所有するメイヨー
レザーとウッドが張り巡らされた車内
当時の小型車としては例のない静かさ
ロンドンのペントハウスには不釣り合い
番外編:パンサーの生んだ変わり種
パンサー・リオ(1975年−1976年)のスペック

パンサーを5台所有するメイヨー

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
最後のパンサー・リオがいつ製造されたのかは正確にはわかっていない。1970年台にパンサーの従業員だったマーク・ハリソンの記憶によれば、1977年末か1978年までは製造していたようだ。

「デビルの製造チームによって作られていました。わたしは最終検査とテストが担当。スイスへ渡る、青い左ハンドルのリオを検査したのを覚えています」 とハリソンは話す。

パンサー・リオ(1975年−1976年)
パンサー・リオ(1975年−1976年)

長年、38台のパンサー・リオが作られたと考えられてきたが、シャシーナンバーを追いかけていくと、最終的には18台だったと考えるのが正しいだろう。そのうち5台は現存している。

今回登場願ったピーター・メイヨーもオーナーの1人。パンサー・カークラブの広報担当者で、2台のリオと、デビル、リマ、J72を1台づつ所有しているツワモノ。「1970年代に登場した最悪のドライビングカーでしょう」 と認める。

一方で、多くの点でパンサーはライバルを凌ぐとも話す。価格、エンジンサイズ、8.2Lの6輪車、パンサー・シックスなら、タイヤの数でも。

メイヨーが所有する、ブラックのスペシャルはAT車。現存するリオの中では最も状態が良いと思われる。最後から数えて2番目に製造されたクルマだ。

もともとはダークブルーで、レスターの会社経営者が新車で購入後、1979年まで乗っていた車両。その後パンサー・カークラブのメンバーのもとを転々とし、2018年にメイヨーがオーナーとなった。

レザーとウッドが張り巡らされた車内

1万2000ポンド(162万円)の価格でリオ・エスペシャルを落札したメイヨーは、さらに5000ポンド(67万円)を掛けてレストア。全塗装や細かな修理を済ませている。

しばらくして、メイヨーは2代目のリオも購入した。最後から3番目に作られたクルマで、アーモンド色のスタンダードなリオ1850。とある女性がつい最近まで日常の足として乗っていた車両だという。

パンサー・リオ(1975年−1976年)
パンサー・リオ(1975年−1976年)

リオ・エスペシャルは、現代のクルマより安心感があると、メイヨーは話す。「アーモンド色のリオの方は、もう少し整備が必要です。でもブラックのリオなら80km位の距離ならドライブできます。でも、80kmまで。この前初めて81km走ったら、壊れました」

パンサー・リオを見ると、土台とするトライアンフ・ドロマイトを見事に隠していることに唸らされる。フロントライトはフォード・グラナダのもので、リアライトはトライアンフTR6用。グラスエリアは基本的にドロマイトのままだ。

肉厚のシートに腰を掛けてドアを閉めると、重々しい音を立てた。シートの骨格はトライアンフ製だが、香り高いコノリー・レザーで張り直されている。

ドアの内張りもレザー張り。ステアリング・コラムやダッシュボードにもレザーが張り込んであるが、基本的な形状と、メーターパネルなどは見慣れたドロマイトそのまま。ドアの装飾と合わせるように、艷やかなウオールナット・パネルが添えられている。

リアシートの膝周りは思ったほど広くはないが、オリジナルのドロマイトも狭かった。このリアシートへ大富豪が座り、フィナンシャル・タイムズ紙を読んでいる姿は、想像できない。

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