【グランプリから大陸横断旅行まで】ブガッティ・タイプ57Sカブリオレ 後編

公開 : 2020.08.23 16:50  更新 : 2020.12.08 08:35

大女優へのプロポーズからグランプリの表彰台、大陸横断旅行まで、多様な場面で活躍した戦前のレーサーが今も残されています。今回は、英国コルシカ製のボディをまとった、ブガッティ・タイプ57Sをご紹介しましょう。

もくじ

所有した公道用ブガッティの中でベスト
欧州を横断し、レストアされたタイプ57S
落ち着くドライビングポジション
タイプ57Sの人生を振り返るような響き

所有した公道用ブガッティの中でベスト

text:Mick Walsh(ミック・ウォルシュ)
photo:Tony Baker(トニー・ベイカー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
トーマス・マシソンとミラ・パレリーが出会ってから11ヶ月後、パリ西部のヌイイ市庁舎で2人は結婚。レースや映画界から、数多くの友人が参列する、幸せに満ちた式となった。その側では、ダークブルーのブガッティが華を添えた。

コルシカ製の美しいボディは、1948年までに4万km以上の距離を重ねた。「エンジンの始動性以外、深刻なトラブルが生じたことは一度もありません。これまで所有した公道用のブガッティで、ベストといえますね」。マシソンが言葉を残している。

ブガッティ・タイプ57Sカブリオレ(1936年)
ブガッティ・タイプ57Sカブリオレ(1936年)

「何度か大旅行へも出ています。特に素晴らしかったのは、フランス中部のビシーの街からパリまで、平均95km/hくらいでドライブした旅。1946年当時の道路状況や、雨がちだった天気を考えると、かなり良いペースだったと思います」

タイプ57Sの助手席には、いつも妻のパレリーが座った。しかし荷室の不足が常に課題だった。

マシソンはブガッティを、スコットランドの自動車愛好家、ジョンHファーへ譲る。ファーは小さなガレージを経営しており、ミネルバやキャディラック、メルセデス・タイプ36/20などに隠すように、タイプ57Sを保管した。ほとんど運転もしなかった。

エジンバラで身を潜めていたブガッティは、1974年に売却。その時の走行距離は4万8200km程度だったという。タイプ57Sを継いだブラニスラフ・スジックは、積極的に走らせた。

欧州を横断し、レストアされたタイプ57S

複雑なショックアブソーバーとブレーキをリビルトすると、1976年の夏、欧州を横断しながらラリーに参加。デンマークやスウェーデンを、オープンでスタイリッシュに走った。ポーランドやチェコスロバキアにも、足を伸ばしている。

ラリーを楽しんだ後、スジックはタイプ57Sをブガッティの拠点、モルスアイムへ送った。5600km以上をトラブルなしで走りきったが、始動性の悪さはそのままだったのだ。

ブガッティ・タイプ57Sカブリオレ(1936年)
ブガッティ・タイプ57Sカブリオレ(1936年)

ブガッティの手で始動性が改善されると、ルクセンブルクのブガッティ専門家、バート・ロイエンスへ連絡。スペアパーツを揃えてから、スコットランドへ戻った。

1975年、スジックは初代オーナーのマシソンへクルマの近況を伝えると、思い出がつづられた手紙を受け取った。「次にCAA 7に乗る時は、わたしのためにボンネットを優しくなでてください。遠い昔、一緒に長距離を走った日のこと、今もよく思い出します」

1978年、スジックはコルシカ製ボディのタイプ57Sを、サザビーズのオークションへ出品する。シャシー番号57491は、サーキットを後にしてから40年が経過していた。

推定落札価格は3万5000ポンドだったが、流札。フランスのブガッティ・コレクター、アンドレ・ビンダが最終的に購入した。コルシカ製のボディは、ツートンカラーに再塗装された。

さらに1985年になると、タイプ57Sのオーナーはニコラ・セイドゥックスへ変わる。彼はフランスでは腕利きのレストア職人、カロッセリー・ルコックへクルマを託した。

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