【3.5L V8を積んだビュレット】トライアンフTR8 ブランドの最終章へ再試乗 前編

公開 : 2021.07.10 07:05

不評のTR7を支えるように遅れて登場した、V8エンジンを搭載するTR8。トライアンフというブランドの最後を飾った1台を、英国編集部がご紹介します。

トライアンフの最後に残されたTR8

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
ブレーキペダルを軽く踏む。長いシフトレバーを引きながら3速から4速へシフトアップする。大切なクルマだから、急がず慎重に。そして再びアクセルペダルを踏み込む。

木漏れ日が差す森の道を、トライアンフのカブリオレで進む。ビュイック由来のV8エンジンが聞き慣れた音を放ち、木々の間で反響する。

トライアンフTR8(1978〜1981年/欧州仕様)
トライアンフTR8(1978〜1981年/欧州仕様)

今度は強めにブレーキング。タイトな右コーナーを旋回してから再び一度右足に力を込め、ステアリングホイールを戻す。ドライバーのまわりに爽快な風が吹く。積極的な8気筒エンジンの息吹きが、気持ちを刺激する。

TR8は、改めて乗ってみると素晴らしいスポーツカーだ。TRというモデルラインだけでなく、トライアンフという自動車メーカーの最後に残されたクルマだとは、想像しにくい。

英国のスポーツカーを振り返って見ると、何か目に見えない巨大なモノが留まり、同時に止められない力が作用していたように思える。特にブリティッシュ・レイランド傘下のブランドでは。

老朽化した巨大タンカーが、岩場での挫傷を避けきれず進んでいたかのようだ。船長は10名の船員に指示を出す。しかし、それぞれが別の方向に走っていく。避けられない結果だったのかもしれない。

少なくとも、MG MGBとトライアンフ・スピットファイアは、独自性を残して戦った。モダンでスタイリッシュに生まれ変わったTR7と兄弟のTR8にも、巨大な船を救える要素が盛り込まれていたように思う。

ライバルと同傘下に入ったトライアンフ

英国の自動車産業は第二次大戦が終わると、独自性を強めていった。ライバルブランドとの競争から保護するため、経済的な支援が施された。海外に向けては、スポーツカーが積極的に輸出された。

1950年代から1960年代の間に、世界第2位の自動車生産国だった英国は、4位へ転落。MGBとスピットファイアは、手頃でシンプルなスポーツカーとして強さを誇示していたが、市場全体は急速に変化していた。

トライアンフTR8(1978〜1981年/欧州仕様)
トライアンフTR8(1978〜1981年/欧州仕様)

トライアンフとMGの2台は北米市場で大ヒット。アメリカ人はオープントップの英国製スポーツカーへ強く共感し、広大な大地を駆け回った。しかし1960年代に入ると、ダットサン240Z(日産フェアレディZ)といった競合モデルが台頭を始める。

加えてドル安ポンド高が進み、英国企業の利益率を圧迫。安全基準は引き上げられ、環境規制は強められ、パワーは絞られた。それでも、北米ではブリティッシュ・スポーツに対する需要は持続していた。

英国のメーカーは合併を重ね、1968年にブリティッシュ・レイランドという巨大な自動車会社が誕生。ライバル関係にあったMGとトライアンフは、同じ傘下に収められた。同社の似たモデルが、似た市場で競い合うことになった。

スタンダード・トライアンフは一足早く、1961年にレイランド・モータースによって買収。経営者のドナルド・ストークス卿の洗礼を先に受けていた。遅れて加わったMGは、BGT V8を除いて瀕死の状態だった。

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