【映画人の愛したリムジン】ロールス・ロイス・ファントムV 当時最高峰の走るオフィス 後編

公開 : 2021.10.10 17:45  更新 : 2022.08.08 07:23

ファントムVの特等席はリアシート

パワーステアリングが付いているが、やはりファントムVでは有効とはいえない。それでも、スムーズなパワーウインドウを閉めた静かな車内で、全長6mもあるロールス・ロイスを気がつけば積極的に運転させていた。

ややオーバースピードでコーナリングを試みても、シャシーは許容してくれる。フロントタイヤが穏やかに滑り出すのに合わせて、アンダーステアへ流れていく。

 ロールス・ロイス・ファントムV(1965年/英国仕様)
ロールス・ロイス・ファントムV(1965年/英国仕様)

もしショーファーがこんな運転をすれば、後ろに座る上司はウイスキーやソーダ水をスーツにこぼしてしまう。暗い週末を過ごす羽目になるだろう。

リアシートがファントムVの特等席。ゆったりとした掛け心地のソファが並ぶ。中央には大きなアームレストが付き、サイドウインドウやラジオ、ヒーター、ベンチレーションの操作スイッチが収まる。小物入れも。

サルツマンの次にオーナーとなったウイナーは、1980年代製のパイオニア社製オーディオを組んでいる。ちょっと場違いに思えるチョイスだ。

巨大なボディの質量を活かし、路面の起伏を鎮めるファントムV。乗り心地を楽しみながら、クロス・シートに身を委ねてきた著名人のことを想像する。恐らく、ジェームズ・ボンドを演じた俳優3名は間違いなく同乗したはず。

2代目ジェームズ・ボンドを演じたジョージ・レーゼンビーは、リアシートの灰皿が吸い殻で一杯になり、多くのボンドガールと一緒の時間を過ごしすぎたことで、サルツマンはクルマを売ったと冗談交じりに話している。

160km/hで走れる最高峰のオフィス

ウイナーも、似たような乗り方をしたのだろう。2012年、ファントムVはビジネスマンのアンドリュー・デイビスが購入。その後の9年間は、さほど丁寧に保管されてきたわけではなかったらしい。

映画監督2人を乗せたファントムVは、2021年のマナー・パーク・クラシックスで売りに出された。最高の輝きを取り戻すために、塗装やウッドパネル、レザーには、少なくない手当てが必要だったという。でも、躯体はしっかりしていた。

 ロールス・ロイス・ファントムV(1965年/英国仕様)
ロールス・ロイス・ファントムV(1965年/英国仕様)

成功の証としてサルツマンが選んだ、ファントムV。忙しいショービジネスのタイクーンとともに移動するという、実用的な役割もちゃんと果たした。大金で幸福は買えないかもしれないが、毎日の厄介を遠ざけることはできる。

世界最高峰のリムジンは、160km/hで走れる比類ない移動オフィスになった。移動中のプライベート・ミーティングは、次のビッグ・プロジェクトを求めている精力的な人々へ響いたに違いない。

同時に、仕事が終わり豪邸へ戻る時、ファントムVはリラックスできる静かな時間を与えてくれた。ショーファー・ドリブンのファントムVには、金額だけの価値があると実感できていただろう。

銀幕のスターを幾人も乗せてきた、漆黒のロールス・ロイス・ファントムV。クライアントをディナーやプライベート上映へ招待するクルマとして、これほど相応しいモデルは思いつかない。

見事な職人技による威風堂々とした佇まいは、ほかでは叶えがたい情景を何度も生み出してきたのだろう。

ロールス・ロイス・ファントムV(1963〜1969年/英国仕様)のスペック

英国価格:9517ポンド(1965年時)/7万ポンド(1064万円)前後(現在)
生産台数:112台(マリナー・パークウォード)
全長:6045mm
全幅:2006mm
全高:1765mm
最高速度:162km/h
0-97km/h加速:13.8秒
燃費:4.5km/L
CO2排出量:−
車両重量:2721kg
パワートレイン:V型8気筒6230cc自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:202ps/4000rpm(予想)
最大トルク:−
ギアボックス:4速オートマティック

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ウィル・ウイリアムズ

    Will Williams

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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