ホームビルド・スポーツカー 後編 バックラーにオースチン、トルネード ほか

公開 : 2021.11.20 07:06

1950年代の英国では、手頃なスポーツカーが不足していました。そこで選ばれた手段が、スペシャルと呼ばれた自作モデル。現存するその一部を、英国編集部がご紹介します。

バックラーMkV(オーナー:クリス・ジョンズ)

執筆:Simon Taylor(サイモン・テイラー)
撮影:James Mann(ジェームズ・マン)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
デレク・バックラー氏は、英国のスペシャル・モデル時代に生きた代表的な1人。1949年にスペースフレームを開発し、販売している。

彼は多くの希望に合致するよう、幅広い仕様のシャシーを提供した。また500ccエンジンのシングルシーターのほか、ジャガー・エンジンのレーサーやドラッグレーサー用フレームなども製造している。

バックラーMkV(オーナー:クリス・ジョンズ)
バックラーMkV(オーナー:クリス・ジョンズ)

1961年、ジャック・ブラバム氏とロン・トーラナック氏が初のシングルシーター・マシンを設計した際も、フレームの製造はバックラー社へ依頼している。

バックラー社の稼ぎ頭となったシャシーは、独立懸架式のフロント・サスペンションながら、フォードの1172cc 4気筒エンジンが前提。クロスレシオのMTや吸気と排気のマニフォールド、ホイールなども、アマチュア向けに販売していた。

MkVは、バックラー社が量産した最初のスペシャル・モデル。当時のトライアルレースなどで活躍している。モデル名は5番目だが、それ以前のモデルは確認されていない。

クリス・ジョンズ氏がオーナーのMkVは、1956年に父が購入してから65年が経つ。オフロードを走るトライアルレースに出るつもりだった父だが、完成することはなかったという。その思いを、クリスが継いだのだった。

アルミ製ボディパネルはシンプルな構成。コクピットは狭く、ハンドブレーキ・レバーはボディの外にある。荷物を置ける場所は、リアの小さなラックのみ。それでも、この小さなスペシャル・モデルで会場まで自走してきた。

オースチン・ルビー(オーナー:ジェフ・ロー)

当時のスペシャル・モデルを生み出していたメーカーの中には、技術力や設計力に疑わしいところもなくはなかった。ジェフ・ロー氏が大切にするオースチン・ルビーも多くの想像力と創造力が求められ、完成までに30年が必要だったという。

苦労して仕上げられた姿は微笑ましい。「見える部品はすべて、別々のものが由来です」。と話すジェフだが、まるでこのクルマのために設計されたかのように、まとまりを感じさせる。見た目は驚くほど美しい。

オースチン・ルビー(オーナー:ジェフ・ロー)
オースチン・ルビー(オーナー:ジェフ・ロー)

ジェフはものを大切にする性格なのだろう。オースチン・セブン用の部品とランニングギアを、コツコツと集め始めたのは1986年にさかのぼる。ルビーのボディと一緒に。

完成させるには、三輪自動車のリライアント・ロビン用750cc 4気筒アルミエンジンと、シンクロメッシュ付きのMTも探し出す必要があった。

車高は落とされ、ボディはハッチバックに改造してある。フェンダーは曲線が美しい。ボディ後端には、ミニバン風のリアハッチが付く。風通しの良いルーフはフィアット500用。ダッシュボードは、オースチン・セブン・アルスターのものだそうだ。

感心させられるのは、ジェフの技術力。ディティールまで、しっかり手を抜かず作りこんである。ドアシールやルーフの雨樋、内装トリムのほか、ワイパーなども機能し量産車のよう。こんなスペシャル・モデルを、筆者は初めて見た。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・テイラー

    Simon Taylor

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジェームズ・マン

    James Mann

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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