自動車業界の歴史に残る失敗作 55選(中編) 1991年~2000年
公開 : 2025.02.01 18:25
MG RV8 – 1993年
MG RV8は英国では販売不振に終わったが、日本では一定の人気を博した。1999年の販売台数は、後に登場したMGF(7万7269台)とは比べ物にならないものの、RV8はMGの名を再び人々の記憶に刻み込んだ。最高出力195psの3.9L版、由緒あるローバーV8エンジンを搭載していたことも追い風となった。
しかし、同等の出力を持つTVRと比べると高価だった。また、明らかに旧式のサスペンションを装備していたため、乗り心地とハンドリングも当時の水準では十分ではなかった。

ケータハム21 – 1994年
創立21周年記念として発売されたケータハム21は、セブンの刺激的なパフォーマンスと、実用的な防風ボディでファンを惹きつけようという狙いがあった。計画はしっかりと練られ、慎重に実行に移された。ローバーKシリーズエンジンは強力で、1.8L版を選べば0-97km/h加速を4.5秒でこなし、最高速度は217km/hに達する。
21には1つだけ問題があった。それは、ケータハムの顧客がマイルドなスポーツカーなど望んでいなかったということだ。より安価でミドシップのスーパーカーのような外観を持つロータス・エリーゼが発売されると、21の先行きはますます暗くなり、最終的に生産されたのはわずか48台だった。

日産マキシマQX – 1994年
日産マキシマQXが4代目として登場したときには、同クラスの高級車市場はすでに終焉を迎えつつあった。マキシマQXは、平凡ながらも非常に手頃な価格設定と優れた品質を備えていたが、フォード・スコーピオやオペル・オメガのような運転の楽しさは皆無だった。
英国市場では年間1500台の販売を目標としていたが、残念ながら2桁に留まった。1999年には英国をはじめとする多くの市場で販売終了したが、米国では2021年までトヨタ・カムリのライバル車として販売が続けられた。

スズキX-90 – 1995年
スズキはSUVのニッチ市場をうまく埋めることに長けていたが、X-90は同社にとってまれな失敗作であった。バブルトップとタルガルーフパネルを備えたSUVというアイデアは、あまりにも突飛だった。販売台数は世界全体で1万台を超えることができず、苦戦を強いられた。米国での販売が最も好調で、2年間で7200台が販売された。
X-90の風変わりな外観の下には、ビターラのフロアパネルの短縮版と足回りが隠れている。これにより、カタログでは後輪駆動と四輪駆動が用意され、1.6Lエンジンは最高出力96psという十分活発なパフォーマンスを発揮した。














































