MG RV8 – 1993年

MG RV8は英国では販売不振に終わったが、日本では一定の人気を博した。1999年の販売台数は、後に登場したMGF(7万7269台)とは比べ物にならないものの、RV8はMGの名を再び人々の記憶に刻み込んだ。最高出力195psの3.9L版、由緒あるローバーV8エンジンを搭載していたことも追い風となった。

しかし、同等の出力を持つTVRと比べると高価だった。また、明らかに旧式のサスペンションを装備していたため、乗り心地とハンドリングも当時の水準では十分ではなかった。

MG RV8 - 1993年
MG RV8 – 1993年

ケータハム21 – 1994年

創立21周年記念として発売されたケータハム21は、セブンの刺激的なパフォーマンスと、実用的な防風ボディでファンを惹きつけようという狙いがあった。計画はしっかりと練られ、慎重に実行に移された。ローバーKシリーズエンジンは強力で、1.8L版を選べば0-97km/h加速を4.5秒でこなし、最高速度は217km/hに達する。

21には1つだけ問題があった。それは、ケータハムの顧客がマイルドなスポーツカーなど望んでいなかったということだ。より安価でミドシップのスーパーカーのような外観を持つロータス・エリーゼが発売されると、21の先行きはますます暗くなり、最終的に生産されたのはわずか48台だった。

ケータハム21 - 1994年
ケータハム21 – 1994年

日産マキシマQX – 1994年

日産マキシマQXが4代目として登場したときには、同クラスの高級車市場はすでに終焉を迎えつつあった。マキシマQXは、平凡ながらも非常に手頃な価格設定と優れた品質を備えていたが、フォード・スコーピオやオペル・オメガのような運転の楽しさは皆無だった。

英国市場では年間1500台の販売を目標としていたが、残念ながら2桁に留まった。1999年には英国をはじめとする多くの市場で販売終了したが、米国では2021年までトヨタカムリのライバル車として販売が続けられた。

日産マキシマQX - 1994年
日産マキシマQX – 1994年

スズキX-90 – 1995年

スズキはSUVのニッチ市場をうまく埋めることに長けていたが、X-90は同社にとってまれな失敗作であった。バブルトップとタルガルーフパネルを備えたSUVというアイデアは、あまりにも突飛だった。販売台数は世界全体で1万台を超えることができず、苦戦を強いられた。米国での販売が最も好調で、2年間で7200台が販売された。

X-90の風変わりな外観の下には、ビターラのフロアパネルの短縮版と足回りが隠れている。これにより、カタログでは後輪駆動と四輪駆動が用意され、1.6Lエンジンは最高出力96psという十分活発なパフォーマンスを発揮した。

スズキX-90 - 1995年
スズキX-90 – 1995年

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

自動車業界の歴史に残る失敗作の前後関係

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