ローバー200 BRM – 1997年

ブリティッシュ・レーシング・モータース(BRM)は1977年までのグランプリレースで輝かしい歴史を残しているが、ローバーは200の高性能モデルにその名を復活させた。BRMの特徴的なグリーンにオレンジ色のフロントグリルを配したそのクルマは、確かに際立っている。また、活気あふれる1.8L、147psのKシリーズエンジンを搭載しており、0-97km/h加速は7.9秒とまずまずの性能であった。

200 BRMの車内には赤いレザーシートがふんだんに使われているが、それ以外は標準的な200と大差ない。結局、販売できたのは1100台にとどまる。これはローバーが期待していたほどの台数ではなかったが、今ではマイナーなクラシックカーとして見なされている。

ローバー200 BRM - 1997年
ローバー200 BRM – 1997年

プジョー607 – 1999年

プジョーのスタイリングは、206、306、406などのシャープな外観が人気を博していた時期があった。しかし、垂れ下がったようなスタイルの607が登場し、少しずつ歯車が狂い始めた。607の乗り心地やハンドリングに問題があったわけではないが、メルセデス・ベンツEクラスアウディA6のような上質な雰囲気は感じられなかった。また、BMW5シリーズのような走りもできなかった。

フランスでは、当初の販売はプジョーにとって心強いものだったが、熱烈なファンでさえ、数年後には607に見切りをつけた。その結果、販売台数はすぐに急落し、その後は減少の一途をたどり、2010年に生産中止となった。合計19万4802台が生産されたが、これは同期間に160万台が生産されたメルセデス・ベンツEクラスには遠く及ばない。

プジョー607 - 1999年
プジョー607 – 1999年

ポンティアック・アズテック – 2000年

仕様書の中では、ポンティアック・アズテックは成功を収めたと言える。広々とした室内空間と手頃なランニングコストを実現した中型SUVである。世界が小型の四輪駆動車やクロスオーバーに注目する中、ポンティアックにとって先駆的なクルマとなるはずだった。しかし、そのスタイリングは物議を醸すものだった。ポンティアックは確かに注目を集めることに成功したが、それは必ずしも良い意味ではない。

経営陣にとってさらに心配だったのは、損益分岐点に達するために年間少なくとも3万台を販売する必要があったことだ。最も好調だった2002年でも2万7793台にとどまり、2007年に生産中止となるまでの最後の3年間では大幅に減少した。皮肉なことに、この頃はクロスオーバーが大きな話題となった時期で、アズテックがこれほどまでに尖ったデザインでなければ、トレンドセッターとなっていた可能性もある。また、最近ではドラマ『ブレイキング・バッド』で主人公ウォルター・ホワイトが乗っていたことでも有名だ。

ポンティアック・アズテック - 2000年
ポンティアック・アズテック – 2000年

(翻訳者注:記事は後編に続きます。)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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