ジャガーXJ6 S1とローバーP5 B(1) 構想は4ドアのEタイプ GMから権利を得たV8で更新

公開 : 2025.05.10 17:45

デビッド・ベイチュの落ち着いた容姿を持つローバーP5 B 21世紀へ継承された美しいボディラインのジャガーXJ6 大変化の時期にあった1960年代の自動車業界 UK編集部が象徴的サルーンを比較

ほぼ同じ予算で選べたP5 BとXJ6 Mk1

1970年代の映画「悪魔の虚像」では、俳優のロジャー・ムーア氏がローバーP5 Bを運転している。物語には、宿敵が乗るランボルギーニ・イスレロも登場するが、ジャガーXJ6 シリーズ1でも画になっただろう。

P5 Mk1とXJ6の登場は、10年しか離れていない。しかし、英国の自動車業界へ到来した大変化が現れていた。保守的だった1950年代が終わると、先進性が好まれる1960年代へ突入していった。

ローバーP5 B 3.5リッター・クーペ(1967〜1973年/英国仕様)
ローバーP5 B 3.5リッター・クーペ(1967〜1973年/英国仕様)    トニー・ベイカー(Tony Baker)

ローバーもこの変化には気付いていたはずだが、3.0L直列6気筒から3.5L V型8気筒エンジンへ置換し、1958年発売のP5 Mk1は、P5 B 3.5リッターとして第二の人生を歩むことになった。ビュイック由来のV8エンジンを積んだ、初の英国車として。

新鮮味は薄れていたが、XJ6 シリーズ1の唯一の英国製ライバルになり得た。新エンジンは、その重要な役目を負っていた。当時の中間管理職へ就いていた人物に、ローバーの魅力は届いていたのだろうか。1972年式の2台を揃えて、振り返ってみよう。

今回用意したP5 B 3.5リッターは、上級仕様だった4ドアクーペ。3速ATが組まれ、当時の価格は2853ポンドだった。XJ6は2.8Lの直列6気筒エンジンを積み、オーバードライブ付きの4速MTが組み合わされ、2832ポンド。ほぼ同じ予算で選べた。

ビュイックから権利を購入したアルミ製V8

P5のスチール製エンジンを置換する計画は、発売直後から検討されていた。アメリカ・ウィスコンシン州のGM系列工場を訪れた、ローバーの社長だったウィリアム・マーティン・ハースト氏は、とあるV8ユニットへ注目していた。

それは、ビュイック215と呼ばれたアルミニウム製の3.5L。1960年から3年間、ビュイックとオールズモビルの量産車へ登用されたが、スチール製エンジンへ変更され、行き場を失っていた。

ローバーP5 B 3.5リッター・クーペ(1967〜1973年/英国仕様)
ローバーP5 B 3.5リッター・クーペ(1967〜1973年/英国仕様)    トニー・ベイカー(Tony Baker)

この可能性を見出したローバーは、権利を購入。金型が運ばれ、1965年からグレートブリテン島中部のソリフルで量産し、P5 Bへ搭載することが決定した。

135psを発揮した直6エンジンへ、滑らかさでは及ばなくても、91kgも軽かった。エンジンルームには大きな加工なしで収まり、ボルグワーナー社製の3速ATが組まれた。

レブリミットを4400rpmから5200rpmへ引き上げるため、吸排気系を改良。ツインUSキャブレターが与えられ、最高出力は153psへ向上し、最大トルクは27.7kg-mで5.7kg-mも太くなった。

0-100km/h加速は5.0秒以上短縮され、10.7秒に。最高速度は160km/hから180km/hへ上昇した。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    トニー・ベイカー

    Tony Baker

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ジャガーXJ6 S1とローバーP5 Bの前後関係

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