名車と振り返るアルファ・ロメオの歴史(前編) 誕生と発展、四つ葉のクローバー
公開 : 2025.11.08 11:25
20-30 HP
1914年に登場した20-30 HPは、初代24 HPを発展させたモデルだ。第一次世界大戦により生産が中断されたため、多くの車両は1920年になってようやく完成した。
20-30 HPのスポーツバージョンは、アルファ・ロメオの名称を冠した初のモデルとなった。

RL
アルファ・ロメオRLは1922年から5年間生産されたモデルで、ノルマーレ、トゥリズモ、スポルト、スーペル・スポルト(写真)の4グレードが存在する。
これらに加え、タルガ・フローリオに因んで名付けられた、より軽量で高出力のレース仕様車も複数生産された。ドライバーの中には、かのエンツォ・フェラーリ氏もおり、1923年6月のラヴェンナ大会で主要レースを制している。

四つ葉のクローバー
1923年のタルガ・フローリオで幸運を呼び込むため、アルファ・ロメオのレーシングドライバー、ウーゴ・シヴォッチ氏は自身のRLに四つ葉のクローバーを描いた。効果はあったようで、レースで見事に優勝をおさめた。しかし、シヴォッチ氏はモンツァで別のマシン(クローバーは描かれていなかった)の練習中に亡くなった。
四つ葉のクローバー(クアドリフォリオ)は、その後シヴォッチ氏を称えてアルファ・ロメオのレーシングカーに描かれるようになった。このロゴは1960年代初頭に市販の高性能モデルにも使用され始めた。

6Cシリーズ
1927年、RLの後継として6気筒エンジンを搭載したスポーツモデル、6Cシリーズがデビューした。ジュゼッペ・カンパーリ氏は1928年、レース仕様車でミッレミリアを制した。その後、複数のエンジンサイズと、主に独立系コーチビルダーが手掛けた多様なボディスタイルを備えた市販モデルが登場している。
1933年、アルファ・ロメオは深刻な財政難に陥り、イタリア産業復興公社の管理下に入ったが、翌1934年には新型の6Cを発売した。その後継モデルは1938年から1952年まで生産された。

8Cシリーズ
6Cと同様に、8Cはヴィットリオ・ヤーノ氏設計の8気筒エンジンを搭載し、さまざまなロードカーおよびレース仕様が用意され、1930年代を通じて生産された。
流線型の8Cクーペ(写真)は、1938年のル・マン24時間レースで、信じがたいことに14周差で首位を独走していたが、ゴール2時間前にエンジントラブルでリタイアしてしまった。

有名な勝利
アルファ・ロメオの1932年型グランプリカーは、ティーポBまたはP3として知られる。当初は大きな成功をおさめたが、1934年に技術的に優位なメルセデスとアウトウニオンのマシン(通称シルバーアロー)が登場すると、苦しい戦いを強いられるようになる。
それでも1935年のドイツGPでは、タツィオ・ヌヴォラーリ氏がニュルブルクリンクの悪天候の中P3を駆り、おそらく自身のキャリアで最高の成果を残した。出遅れと致命的な給油トラブルから挽回し、ヌヴォラーリ氏は8台のシルバーアローを抑えてチェッカーフラッグを受けたのだ。これには観戦していたナチス高官たちも憤慨したという。























