世界屈指の施設 フォルクスワーゲン博物館の見どころ(前編) ポルシェ911からボルクヴァルトまで

公開 : 2026.01.03 11:05

フォルクスワーゲンビートル(2003年)

これは単なるビートルではない。最後の1台だ。2003年、新たな排出ガス規制が導入されて販売できなくなった際、メキシコの生産ラインから最後に出荷された車両である。

フォルクスワーゲン・ビートル(2003年)
フォルクスワーゲン・ビートル(2003年)

フォルクスワーゲン・ビートル(1938年)

……そして、こちらは1938年製の初期型だ。前項の車両とともにツァイトハウスに並んで展示され、この古典的デザインの不朽性を称えている。総生産期間64年と、単一モデルとしては史上最長を誇る。

フォルクスワーゲン・ビートル(1938年)
フォルクスワーゲン・ビートル(1938年)

フォルクスワーゲン411 LE(1970年)

フォルクスワーゲン411、いわゆるタイプ4は、同ブランド初のモノコックボディ車であり、ビートルのリアエンジンレイアウトをベースにした最後のモデルである。1968年に最高出力68psの1.7Lエンジンを搭載して発売された。

フォルクスワーゲン411 LE(1970年)
フォルクスワーゲン411 LE(1970年)

フォルクスワーゲン1500(1961年)

1961年に登場した1500(タイプ3)は、フォルクスワーゲン初のミドルサイズ車だ。この市場セグメントは後に同ブランドにとって極めて重要なものとなる。発売時にはセダン、ステーションワゴン、カブリオレ、クーペ、コンバーチブルの各ボディタイプが用意された。1968年には、量産車として電子燃料噴射装置を初めて搭載した(オプション)。1973年までに250万台以上が生産された。

フォルクスワーゲン1500(1961年)
フォルクスワーゲン1500(1961年)

フォーミュラ・スーパーVee

米国のフォーミュラ・フォードに相当するフォーミュラVeeは、シングルシーターのジュニアカテゴリーであり、米国で始まるとすぐにドイツへと広がった。当初はビートルのエンジン、トランスミッション、サスペンション、ブレーキを搭載し、出力は40psに制限されていたが、後に100psまで引き上げられた。1971年にはスーパーVeeが導入され、タイプ3から流用した1.6Lエンジンを搭載し、120ps超の出力を実現した。

フォーミュラ・スーパーVee
フォーミュラ・スーパーVee

フォルクスワーゲン・シロッコ・グループ2

フォルクスワーゲン車をベースにしたセダンレーシングカーとしては、初めて成功したモデルである。グループ1シロッコは1974年にエッカート・ベルク氏によって開発され、ドイツ・サーキット選手権の1.6Lクラスで圧倒的な強さを見せた。

フォルクスワーゲン・シロッコ・グループ2
フォルクスワーゲン・シロッコ・グループ2

フォード・モデルT(T型)

自動車の歴史を称えるのであれば、大量生産に革命をもたらしたこのモデルTを挙げないわけにはいかない。当然ながら、アウトシュタットのフォード・モデルTは黒色で展示されている。

フォード・モデルT(T型)
フォード・モデルT(T型)

記事に関わった人々

  • 執筆

    ジェームス・アトウッド

    James Attwood

    役職:雑誌副編集長
    英国で毎週発行される印刷版の副編集長。自動車業界およびモータースポーツのジャーナリストとして20年以上の経験を持つ。2024年9月より現職に就き、業界の大物たちへのインタビューを定期的に行う一方、AUTOCARの特集記事や新セクションの指揮を執っている。特にモータースポーツに造詣が深く、クラブラリーからトップレベルの国際イベントまで、ありとあらゆるレースをカバーする。これまで運転した中で最高のクルマは、人生初の愛車でもあるプジョー206 1.4 GL。最近ではポルシェ・タイカンが印象に残った。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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