【ランボルギーニ・ミウラが誕生するまで】60年前に公開された伝説のシャシー!世界初のスーパーカーを予見した革新的メカニズム

公開 : 2026.01.03 07:05

2026年で60周年を迎えるランボルギーニ・ミウラは、前年のトリノ・モーターショーで『P400』と呼ばれるベアシャシーを公開しています。ランボルギーニはこの度、そんなP400の『公式』ストーリーを明らかにしました。

興味深いプレスリリース

2025年12月1日にランボルギーニ本社から発行されたプレスリリース、『1965年トリノ・モーターショー:ミウラ伝説に火をつけたシャシー』は、とても興味深いものだった。

1966年にデビューし2026年で60周年を迎えるランボルギーニ・ミウラは、前年のトリノ・モーターショーで『P400』(通称:TP400)と呼ばれるベアシャシーを公開している。

ミウラ伝説に火をつけたシャシー、通称『TP400』。
ミウラ伝説に火をつけたシャシー、通称『TP400』。    ランボルギーニ

その会場でヌッチオ・ベルトーネとフェルッチオ・ランボルギーニが意気投合し、当時ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニが美しいボディラインを描いたことなどは、多くの歴史家が明らかにしている。

しかし、TP400だけに焦点を絞ったストーリーが描かれることは稀だ。それは資料が限られていたからで、筆者もランボルギーニの多くの記事を編集者として担当する中で、苦戦したキーワードのひとつであった。

ところが今回のプレスリリースでは、多くの写真とともに、そのストーリーが体系づけられているではないか。そこで発行日からは多少時間があいたが、後日ランボルギーニ・ジャパンから発行された日本語訳を、ほぼそのまま掲載することにした。

主にレストアを担当するサービス、『ポロストリコ』が誕生して以来、多くのランボルギーニ史が『公式』として明らかにされており、そこが希薄であった時代を知る編集者としては、今回のTP400も含めて感慨深いものがある。

それではミウラ誕生前夜、P400の『公式』ストーリーをご覧頂きたい。

2026年にデビュー60周年を迎えるミウラ

アウトモビリ・ランボルギーニは、2026年にデビュー60周年を迎えるミウラを祝し、記念イベントの一環として、年間を通じたイベントやポロストリコ公式ツアーを開催する。

ミウラ誕生の出発点となったのは、1965年11月、トリノ・モーターショーで披露された一見レース用のプロトタイプにも見えるシャシーだった。鋼板を折り曲げ、穴あけ加工により軽量化が図られたシャシーの上には、4リッターV12エンジンがミドシップ横置きで配置された。

4リッターV12エンジンがリアミドシップ横置きで配置された。
4リッターV12エンジンがリアミドシップ横置きで配置された。    ランボルギーニ

ランボルギーニのブースで展示されたこのシャシーは、サンタアガタ・ボロネーゼの次期生産車の純粋な機構の本質を、来場者に明らかにした。この展示は決意表明であり、新しい時代の幕開けを告げる過激な一挙として、ランボルギーニの歴史を飾る象徴的な出来事となった。

ランボルギーニの新モデルのアーキテクチャとなる最初のアイデアは、1964年の夏、サンタアガタ・ボロネーゼのランボルギーニに在籍する3人の若者、ジャンパオロ・ダラーラ、パオロ・スタンツァーニ、テストドライバーのボブ・ウォレスの直感と勇気から生まれた。

まだ20代前半の3人は、ランボルギーニをレースの世界に導くという夢を共有していた。一方、その構想はフェルッチオ・ランボルギーニの計画にはなかったため、3人はサーキットへ行けないのならば、サーキットの性能、技術、情熱をそのままロードカーに持ち込もうと考えた。こうして生まれたのが『プロジェクトL105』だった。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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