ポルシェ911の壁を越え、世界に伍するスーパースポーツへ R35GT-R全史を見届けた渡辺敏史が最終型に乗って思うこと(前編)

公開 : 2026.01.02 12:05

グローバルマーケットで世界に伍するスーパースポーツに

第2世代までのスカイラインGT-Rはほぼドメスティックなモデルだったが、第3世代ともいえるGT-Rはグローバルマーケットで世界に伍するスーパースポーツとなることを当初からのコンセプトとしていた。

しかしデビューは2007年。映画を通して第2世代の名が知られ、動画サイトを通じてパフォーマンスを知られてはいたが、それもごく一部だった頃の話である。

2007年にデビューしたR35型GT-Rは、777万円からという破格の価格設定だった。
2007年にデビューしたR35型GT-Rは、777万円からという破格の価格設定だった。    日産自動車

世界的にみれば知名度も薄く実績もない、そこでGT-Rが徹底的に拘ったのはパフォーマンスの定量化、可視化だ。その筆頭が、ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェで量産車最速のラップタイムを刻むことである。実際、デビュー時に刻まれた7分38秒54の計時は、当時のポルシェ911GT3を軽く凌駕するものだった。

これが第一のサプライズだとすれば、GT-Rが見舞った第二のサプライズは、このパフォーマンスをグレード問わず全量等しく供給する上、777万円からという破格の価格設定を実現したことだ。

栃木工場で当時のスカイラインやフーガとアッセンブリーラインを混流させることを前提に設計するなど、量産車メーカーゆえの足枷を逆手に取った方策だが、開発では911ターボを徹底的にベンチマークにされるなど、散々当て馬にされてきたポルシェとしてはさすがに黙っていられなかったのだろう。特にニュルのタイムを巡っては疑義を唱え、それに対して日産が公式見解を出す事態にも至っている。

1.7tを超える岩塊のようなクルマにそんなタイムが出せるわけがない。そういう固定概念を覆したGT-Rの速さの秘密は、VR38DETTの放つ火力が主因ではない。数値的に際立つほどではないパワーをいかに漏らさず路面に伝えるかというトラクション能力と、塊に仕込まれたエアロダイナミクスにあると個人的には思っている。

(『35GT-R全史を見届けた渡辺敏史が最終型に乗って思うこと』後編に続きます)

記事に関わった人々

  • 執筆

    渡辺敏史

    Toshifumi Watanabe

    1967年生まれ。企画室ネコにて二輪・四輪誌の編集に携わった後、自動車ライターとしてフリーに。車歴の90%以上は中古車で、今までに購入した新車はJA11型スズキ・ジムニー(フルメタルドア)、NHW10型トヨタ・プリウス(人生唯一のミズテン買い)、FD3S型マツダRX-7の3台。現在はそのRX−7と中古の996型ポルシェ911を愛用中。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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