ホンダ・アコードと競った5代目トヨタ・コロナ 米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(中編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.02.01 11:25

フォルクスワーゲン・バス(1978年)

米国各地のジャンクヤードには、少なくとも1台はフォルクスワーゲン・バスの在庫があるはずだ。フレンチレイク・オートパーツに置かれたこの1978年式の個体は、かなり古びている。ボディパネルの大部分は腐食が激しいが、他のスペアパーツは豊富に揃っている。屋根の上に載っているのはフォルクスワーゲン・ビートルのシャシーのようだ。

フォルクスワーゲン・バス(1978年)
フォルクスワーゲン・バス(1978年)

ビュイック(1937年)

「リアエンド内部に錆あり」というメモ書きがされているが、もはやそれどころの話ではない。識別マークは見つからなかったが、1937年製と推測される。この年はビュイックにとって絶好調で、22万346台を販売。1940年までこの数字が更新されることはなかった。

ビュイック(1937年)
ビュイック(1937年)

キャデラック・エルドラド(1969年)

このエルドラドは1969年に生産された2万3333台のうちの1台で、同年のキャデラック生産台数の約10%を占める。1969年当時の米国の平均的な自動車価格が3270ドルだったのに対し、エルドラドは6710ドルだった。数々の快適装備と強力な7.7Lエンジンを備え、目の肥えた消費者にとって贅沢な選択肢だった。

キャデラック・エルドラド(1969年)
キャデラック・エルドラド(1969年)

シボレー150(1955年)

今日では1957年モデルが注目されがちだが、いわゆる「トライファイブ・シェビー」の中で最も売れたのは1955年モデルだ。販売台数は約178万台に達し、1956年モデル(162万台)と1957年モデル(156万台)を大きく上回っている。この1955年式150の4ドア・セダンは、今でも魅力的に見える。

シボレー150(1955年)
シボレー150(1955年)

クライスラー・ニューポート(1963年)

1963年、クライスラーはニューポートのテールフィンを廃止したが、翌年にはこの写真のように復活した。この個体はジャンクヤードで見つかる逸品としては非常に良好なコンディションで、比較的錆が少なく部品も揃っている。1963年には約8万5000台のニューポートが生産され、その大半はこのような4ドア・セダンだった。

クライスラー・ニューポート(1963年)
クライスラー・ニューポート(1963年)

シボレー・カプリス・エステート(1978年)

この1978年式シボレー・カプリス・エステートは錆だらけだが、少なくとも木目調パネルが虫に食い荒らされることはなさそうだ。ビニール製の木目調トリムを施した「ウッディー」ステーションワゴンを初めて導入したのは、1966年のシボレーとダッジだった。

シボレー・カプリス・エステート(1978年)
シボレー・カプリス・エステート(1978年)

マーキュリー・パークレーン(1965年)

この1965年式マーキュリー・パークレーンの鮮やかな色合いから、比較的最近再塗装されたことが窺える。しかし、塗装が剥がれかけていることから、作業の質はあまり高くないようだ。ジャンクヤードで無傷のラグトップを持つクルマを見つけるのは珍しい。生産台数3000台強という希少車である。

(翻訳者注:この記事は「後編」へ続きます。)

マーキュリー・パークレーン(1965年)
マーキュリー・パークレーン(1965年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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