トム・ウォーキンショー・レーシング(2) 旧スタッフが明かす秘話 ワゴンでのレース参戦 突然訪れた終焉
公開 : 2026.06.13 17:50
1976年で50周年を迎えたTWR。ジャガーXJ220やルノー・クリオ V6などの開発へ関与し、XJR-15を生み出し、ジャガーのル・マン優勝にも貢献しました。その記念イベントへ、UK編集部が潜入です。
もくじ
ーアンディ・キング氏:元マーケティング部長
ーケン・クラーク氏:元メカニック
ーニック・ハル氏:元デザイナー
ーピーター・ホジキンソン氏:元チームメカニック
ージョン・ヒルトン氏:元パワートレイン・エンジニア
アンディ・キング氏:元マーケティング部長
ジャガーXJR-15によるワンメイクレースの思い出を、彼が振り返る。最終ラップでの無茶なアタックを避けるべく、周回数はドライバーへ伝えなかったそうだ。「ビリヤード・ボールをレースディレクターに引いてもらい、その数字で決めたんですよ」
1994年には、キングは英国ツーリングカー選手権のマーケティングに携わった。「ステーションワゴンでレースするって話したら、トムさんは激怒するんじゃないかと思いました。でも、技術者は空力的なアドバンテージがあると説得してくれたんです」

「ブランズ・ハッチ・サーキットでは、誰も信じてくれませんでしたね。ショーカーだろうって。でもエンジンを掛けた途端、雰囲気は一転しました」
「スラクストン・サーキットでは、予選3位。準備期間は3ヶ月しかなかったので、誇れる結果でした。ドライバーズ・パレードでは、犬のぬいぐるみを積んで走ったんです。ジョークのネタにされるんじゃなく、ジョークで笑わせる側になろうと思って」
ケン・クラーク氏:元メカニック
1983年に、メカニックとしてTWRへ加わったクラーク。「最初の仕事は、これの整備でした」。1983年のレースで優勝した、ローバーSD1 グループAを見つめながら話す。しかし、ドライバーのスティーブ・ソーパー氏は最終的にタイトルを剥奪されたが。
「1984年末にスポンサーが変更され、その後マシンはショーカーに改造。自分は、1986年にTWRを辞めています。このクルマがどうなったのか気になっていたんですが、2007年にとある男性から電話があり、持っているというんです」

「グループAのSD1は5台しかありませんが、すべての場所も知っていると」。そのオランダ人から届いた写真を見て、1983年にソーバーが駆ったマシンだと、クラークは理解した。ちょっとした事故で、カットオフスイッチの位置が移動されていたからだ。
彼へ購入を申し込んだのは2008年だったが、話が纏まったのは2011年。「5000ポンドを提示したら、5500ポンドで承諾してもらいました。6年をかけてレストアし、今はシルバーストン博物館に展示されています。本当に気に入っています」
ニック・ハル氏:元デザイナー
1990年に、ジャガースポーツ社へ加わったハル。彼が最初に携わったのは、XJ220のプロトタイプに組まれる、キャビンのデザインだった。しかし、当初予定されていたV12エンジンはV6ターボへ変更。後輪駆動にもなり、車体全体の寸法に変更が生じた。
「既に注文が入っていたので、コンセプトカーの見た目を守る必要がありました。シャシーは完成に近かったはずですが、インテリアは真剣に検討されていなかったんです。当初のアイデアへ大幅な改変が必要だとわかり、辛かったですね」

「ジャガースポーツの中で、デザイナーは自分1人だけ。残りは全員エンジニアです。唯一のマーカーペン使いとして、自らの立場を主張する必要もありました。トムさんは優しい一面もありましたが、手強い男性で、安易な約束はしない方が賢明でした」
「内装の検討をしていた金曜日の夕方、トムさんと意見を交わすことがあり、彼のBMW 850iの車内について話題が及んだ時のこと。1時間くらい運転すれば、自分の話がわかるだろうといって、鍵を貸してくれたんですよ」




































































































































