トム・ウォーキンショー・レーシング(2) 旧スタッフが明かす秘話 ワゴンでのレース参戦 突然訪れた終焉

公開 : 2026.06.13 17:50

ピーター・ホジキンソン氏:元チームメカニック

「故郷のニュージーランドを離れた時、目標が2つありました。F1に関わることと、TWRで働くこと」と話すのは、ピーター・ホジキンソン氏だ。

彼は主に、アメリカでの事業へ携わったという。「1990年のデイトナ24時間レースで優勝していますが、シーズン初頭には、ル・マンのプロジェクトにも関わっています」。彼が属したチームのXJR-12は、その年のサルト・サーキットで優勝を果たした。

ピーター・ホジキンソン氏と、彼が関わったジャガーXJR-12
ピーター・ホジキンソン氏と、彼が関わったジャガーXJR-12    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

ゴールの瞬間を振り返る。「大勢がコースへ押し寄せて、人の海。ドライバーのジョン・ニールセンさんは、シートで泣いていました。エンジンを吹かせって叫びましたね」

「自分は、F1で9回の年間優勝に携わっています。メルセデス・ベンツとブラウンGPチームで、素晴らしいキャリアを築き上げることができました。それでも、TWRでのル・マン優勝は、遥かに大きな記憶になっています」

ジョン・ヒルトン氏:元パワートレイン・エンジニア

TWRの歴史にピリオドを刻んだのは、先進的なV10エンジンだった。その開発責任者だったのが、ヒルトンだ。「まったくの新設計でした。トムさんは、アウディをF1に参戦させるべく奮闘していました。本当に。あと1歩というところでしたが」

「TWRは倒産しましたが、このエンジンは待ち望まれていたものでした。恐らく、最も軽いV10でしょう。91kgしかありません。マグネシウムやチタン、カーボンファイバーを多用しています。ピストンには、金属マトリックス複合材を用いています」

ジョン・ヒルトン氏と、彼が関わったV10エンジン
ジョン・ヒルトン氏と、彼が関わったV10エンジン    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

突然のようにTWRへ終焉が訪れると、実業家のフラビオ・ブリアトーレ氏がV10エンジンを買い取り、技術者も再雇用。2000年代のルノーF1へ、彼らの技術は注ぎ込まれた。「2シーズンを通じて、軽量な部品をルノーのエンジンへ組み込みました」

果たして、2005年と2006年に総合優勝しているが、その直後に解雇されたという。「V10エンジンは、自分が引き取りました。スウェーデンでF1ツアーを運営する、ラヤマキ・レーシングへ売却しています。これは、テーブル用で残しておいた1基なんです」

記事に関わった人々

  • 執筆

    ライアン・スタンデン

    Ryan Standen

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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