約30年前の大胆すぎたRV『いすゞビークロス』 ハンドメイドに近い生産工程でボディカラーは限定含めて25色 SUV全盛の今なら結果は違った?

公開 : 2026.08.01 11:45

アメリカではかなりの台数を販売

例えばシャシーやパワートレインは当時のビッグホーン・ショートのものをベースとし、エンジンはビッグホーンの改良版で、2代目ウィザードに搭載予定だった3.2LのV型6気筒(6VD1)を先行採用。

さらに、型投資が大きくなりがちな灯火類、例えばヘッドライトはマツダ・オートザムのキャロル、フロントターンレンズはダイハツ・オプティ、サイドウインカーはマツダ・ロードスター(NA)などを調達し、デザイン上の個性を保ちながら開発コストを大幅に低減した。

国内ではおよそ2000台販売され、海外、特にアメリカはかなりの販売台数を記録した。
国内ではおよそ2000台販売され、海外、特にアメリカはかなりの販売台数を記録した。    平井大介

その結果、国内ではおよそ2000台販売されたが、海外、特にアメリカはかなりの販売台数を記録できたことで、投資に見合う収益を上げることができたそうだ。

また、日本では295万円が販売価格(東京)だったが、これは「ビークロスを販売すること自体が宣伝と踏まえていましたので、バーゲンプライスで買えた思います」と、当時を知るいすゞ広報部コミュニケーション企画グループの中尾博氏はコメントする。そして、「RVのイメージリーダーとすべく作ったクルマが、このビークロスでした」と位置付けた。

当時の最新式メカニズムを搭載

デビューしたビークロスは、MOMO製ステアリングホイールやレカロシートを装着するとともに、ビークロス専用チューンの246/70R16インチタイヤと7J×16インチの5本スポーク軽量アルミホイールによりスポーティさを演出。

搭載されたエンジンは3.2LのV6DOHCで、ベースとなった6VD1型ガソリンエンジンよりもパワー、トルクともにアップする一方、各部のコンパクト化や軽量パーツの使用により、約10%の軽量化に成功。最高出力は215ps/5600rpm、最大トルクは29.0kg-m(約284Nm)/3600rpmであった。

MOMO製ステアリングホイールやレカロシートを装着するインテリア。
MOMO製ステアリングホイールやレカロシートを装着するインテリア。    いすゞ

また、アルミ製モノチューブ別対タンク式ショックアブソーバーを倒立でマウントしたほか、電子制御トルクスプリット4WDを搭載。様々な路面状況、走行状態に応じて前後輪のトルク配分を無段階制御するなど、当時の最新式メカニズムを搭載していた。

117クーペの時代みたいに

中尾氏は、「手押しラインで1台1台手作りの状態で、まさに117クーペの時代みたいに、ハンドメイドといってもいいぐらいの工程で製造されていました」と明かす。

これはいすゞ伝統のハンドメイド技術を応用した生産ラインで、曲線を多用したボディデザインに対応し、上下で素材特性の異なるパネルの精密な合わせを可能にした。さらに、塗装工程では顧客の多様な要望に応えるため、小循環塗装ラインを導入。1997年10月に5色の基準色を含む計25色ものカラーバリエーションを実現し、カスタマイズ性も高めていた。

1997年10月には、5色の基準色を含む計25色ものカラーバリエーションを実現した。
1997年10月には、5色の基準色を含む計25色ものカラーバリエーションを実現した。    いすゞ

今見ても約30年前のデザインとは思えない大胆さだが、それが古臭く感じられないのは、奇抜さだけを求めていないいすゞならではの普遍性があるからだろう。SUV全盛の今、こういったスペシャリティなSUVがあってもおかしくはないと感じる。

記事に関わった人々

  • 執筆

    内田俊一

    Shunichi Uchida

    日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を生かしてデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。長距離試乗も得意であらゆるシーンでの試乗記執筆を心掛けている。クラシックカーの分野も得意で、日本クラシックカークラブ(CCCJ)会員でもある。現在、車検切れのルノー25バカラとルノー10を所有。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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