所有して四半世紀以上、オーナー渡辺敏史が語るFD3S型マツダRX-7への愛(前編) 今や日本一有名な個体との邂逅

公開 : 2026.08.11 11:45

FD3S型マツダ(アンフィニ)RX-7を四半世紀以上所有している渡辺敏史が、今や日本一有名になったサンライトシルバーの個体を取材します。2026年の目線で改めて触れたその印象は? 愛を持って語ります。

自動車画家Bowさんの影響

RX-7を所有して四半世紀以上の時が経った。なんでそんなことになっているのかといえば、大きな理由は当時一緒に仕事をさせていただいていた自動車画家Bowさんの影響だろう。

氏は当時、30年近い時を共に過ごしてきたトライアンフTR3Aを変わらず維持し続けていた。傍目には各所に齢なりのスレを抱え込んでくすんだ個体に見えるが、でもそれが持ち主と重なると刻んだ年輪が光り輝き、どんなクルマよりも尊い存在となる。

マツダが所有するFD3S型RX-7の広報車(左)と渡辺敏史の愛車(右)。
マツダが所有するFD3S型RX-7の広報車(左)と渡辺敏史の愛車(右)。    山本佳吾

そんなクルマとの接し方をとても近いところで見ていたことで、自分も愛車とのそういう関係性を築きたいと思うようになっていた。そこにスッと入ってきたのがRX-7だったわけだ。

もちろんその個体に憧れがあるからお財布を開いて迎え入れたわけだが、RX-7と言えば、『広島の魂』と称されるようになったロータリーエンジンを搭載する数少ない銘柄でもある。ちょうど時期は某番組で『広島の奇跡』ともてはやされた頃でもあって、事あるごとに愛車を訊ねられれば、ロータリーお好きなんですね〜と褒めそやされた。

その度にひねくれた自分は、いやいやロータリーってそんな特別なもんじゃないですし〜とくさし気味に相手を諌めていた覚えがある。よく期待されて問われるのはモーターのようなフィーリングというやつだが、その頃のトヨタのV8や直6も極めて近い滑らかさを実現していた。

むしろその質感を小さい質量で実現できていたことが、注目すべきポイントなのだと思う。

ロータリー史上最も秀逸なパッケージング

加えていえば、そんなロータリー史上で最も秀逸なパッケージングを達成したのはRX-7ではなくRX-8の側だ。補機類を最小化できる自然吸気ユニットを前提と出来たことでローター部を極限までZ軸側に低く押し込んで、更にセンタートンネルの左右に大人がしっかり座れる空間まで生み出した。

それこそマツダが捻り出した意地の塊だと思う。実際に乗ってみてもドライバーには常に力不足を痛感させてしまうほど、RX-8のシャシー能力はFRとして卓越したものがあった。

渡辺敏史は四半世紀以上、このRX-7を所有し続けている。
渡辺敏史は四半世紀以上、このRX-7を所有し続けている。    山本佳吾

と、左脳の側がRX-8を冷静に評価する一方で、右脳の側に訴えるものをもっているのがRX-7だ。自分がそれを維持し続けてこられた理由を語るなら、第二に挙げられるのは単純な話、カッコいいからだと思う。

例えば1990年代で区切るなら、その10年の間に登場したスポーツモデルは枚挙に暇がないけれども、美しさという点でこれに勝るものはない。ずっと手許にあるクルマだというのに、今でも道端に停めたりした時にはパチッと写真を撮ってしまう。

ロータリーの利をパッケージにみるか、骨格の美しさにみるか。個人的には何年掛かっても結論の出ない難題でもある。

記事に関わった人々

  • 執筆

    渡辺敏史

    Toshifumi Watanabe

    1967年生まれ。企画室ネコにて二輪・四輪誌の編集に携わった後、自動車ライターとしてフリーに。車歴の90%以上は中古車で、今までに購入した新車はJA11型スズキ・ジムニー(フルメタルドア)、NHW10型トヨタ・プリウス(人生唯一のミズテン買い)、FD3S型マツダRX-7の3台。現在はそのRX−7と中古の996型ポルシェ911を愛用中。
  • 撮影

    山本佳吾

    Keigo Yamamoto

    1975年大阪生まれ。阪神タイガースと鉄道とラリーが大好物。ちょっとだけ長い大学生活を経てフリーターに。日本初開催のWRC観戦をきっかけにカメラマンとなる。ここ数年はERCや欧州の国内選手権にまで手を出してしまい収拾がつかない模様。ラリー取材ついでの海外乗り鉄旅がもっぱらの楽しみ。格安航空券を見つけることが得意だが飛行機は苦手。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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