旧車の役に立たない豆知識? 初代『日産ADバン』を熱く語ろう!【連載:遠藤イヅルのB11型日産サニーカリフォルニア再生&快適化計画 #22】

公開 : 2026.09.25 12:05

初代ADバンの歴史を振り返る

独立したといっても、ベースはB11型。パワートレイン、フロントフェンダーや前後ドア、内装に至るまで多くが共通設計でした。

しかし前述のように積載力アップのためテールゲートは立たされ、ルーフのかさ上げも行っています。しかもフロントを丸型ライトに変更していたために、ぱっと見ではB11型には見えない変身ぶりでした。

初代ADバンは、丸目時代の1985(昭和60)年までは販社ごとに作り分けていました。ライトケースの色、グリルの作り分けで判別ができます。お金かかってますよね……。
初代ADバンは、丸目時代の1985(昭和60)年までは販社ごとに作り分けていました。ライトケースの色、グリルの作り分けで判別ができます。お金かかってますよね……。    日産自動車/遠藤イヅル

興味深いのが『サニーADバン』、『パルサーADバン』、『ダットサンADバン』が用意されていたことです。

当時の日産は『サニー店』、『プリンス店』、『日産店』、『モーター店』、『チェリー店』などに販社が分かれており、サニー店にはサニーバン、チェリー店にはパルサーバンやオースターバン、日産店にはバイオレットバンなど、それぞれの販社向けに異なる小型ライトバンが販売されていました。今思えばなんとも非効率ですよね。

初代ADバンはこれらのライトバンを統合する車種として誕生したため、当初は販社ごとに車名を変えていたのです。しかもライトケースやグリルまで変更するという凝りようでした。

その後1985(昭和60)年、ベースのサニーがB12型にフルモデルチェンジするも、ADバンは販売を継続。マイナーチェンジを行い角型ライトに変更しています。

1988(昭和63)年に再び手が入った際には、車名を『ADバン』に統一。そして1990年、2代目ADバン(Y10型)に後を譲って生産を終了したのです。

と、2026年にもなって熱く初代ADバンのことを書いてしまいましたが、一部の方でも喜んで頂けたら嬉しいです。

(当連載は不定期掲載ですが、主に金曜日お昼頃に公開予定となります)

記事に関わった人々

  • 執筆

    遠藤イヅル

    Izuru Endo

    1971年生まれ。自動車・鉄道系イラストレーター兼ライター。雑誌、WEB媒体でイラストや記事の連載を多く持つ。コピックマーカーで描くアナログイラストを得意とする。実用車や商用車を好み、希少性が高い車種を乗り継ぐ。現在の所有は1987年式日産VWサンタナ、1985年式日産サニーカリフォルニア、2013年式ルノー・ルーテシア。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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