【写真で振り返る】印象的なクルマのカラーリング ガルフ、マルティニ、レナウン、555

公開 : 2020.05.02 08:50  更新 : 2020.05.02 14:42

ミニ・クーパーSの赤と白

ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)は、オースティン・ヒーレーのラリーカーで、赤いボディと白いルーフを組み合わせたことがある。しかし、これが伝説的なラリー・マシンとなったミニ・クーパーSに使われるのは、しばらく経ってからのことだ。最初にこのカラーリングをまとったミニ・クーパーSは、攻撃的なドライバーとして知られるビル・ロジャースの手によるものだった。ロジャースは、友人に貸したミニがダメージを受けて戻ってくると、赤いボディとは別の色でルーフを再塗装したらどうかというペイントショップの提案に、それなら白で塗ってくれと頼んだ。車内にこもる熱を少しでも反射できると考えたからだ。

BMCは1962年からミニに赤と白のカラーリングを採用。この時には、赤いボディと黒いルーフを組み合わせた車両もあった。ボディに赤が選ばれた理由は、ラリーで走り抜ける欧州の国々では、赤いクルマは警察官に優先してもらえる可能性が高いからという伝説がある。

赤/白に塗り分けられたミニ・クーパーS
赤/白に塗り分けられたミニ・クーパーS

オペル・マンタのヒート・フォー・ハイヤー

この力強いカラーリングは、オペル・マンタ400だけでなく、そのドライバーだったラッセル・ブルックスと結びついて思い出される。2度の英国ラリー・チャンピオンとなったブルックスは、1974年にアンドリュース・ヒート・フォー・ハイヤーと契約を結ぶ。その関係はブルックスが引退するまで続いた。

17年以上にわたり、ブルックスと彼のスポンサーはラリー・ステージで常に人気の高い傑出した存在だった。その間にブルックスが巧みに操るオペル・マンタ400は、ラリー・ファンにとって1つのアイコンとなっていった。1985年にブルックスが英国ラリー選手権チャンピオンに輝くと、黄色、赤、青を組み合わせたカラーリングはエンスージアストの心に深く刻まれた。

ラッセル・ブルックスのオペル・マンタ400
ラッセル・ブルックスのオペル・マンタ400

ブラバムのパルマラット・カラー

イタリアの食品会社であるパルマラットは、F1の世界に多大な影響を及ぼした。その青と白を組み合わせたカラーリングは、他の多くの優れたカラーリングと同じく、シンプルで目を引くデザインだ。とはいえ、この印象的なカラーリングが採用されたのは、パルマラットがブラバム・チームのスポンサーとなってから2年後の1980年のことだった。

この年、チームはアルファ ロメオ製エンジンを失ったものの、ゴードン・マレーがデザインしたBT49と、それに乗るネルソン・ピケが大活躍。テレビの画面に映る時間が増え、青と白のカラーリングはすぐに効果を発揮した。1982年にBMW製エンジンを獲得すると、ノーズコーンがBMWのロードカーの特徴であるキドニーグリルを模したデザインになった。

パルマラット・カラーのブラバムBT52B
パルマラット・カラーのブラバムBT52B

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