【労働者のFFアルファ】アルファ・ロメオ・アルファスッド 希少になった大衆車 前編

公開 : 2021.04.25 07:05

誕生から50年が経過する、アルファ・ロメオ・アルファスッド。ジウジアーロのデザインにフルシュカの設計が施された、傑作モデルをご紹介しましょう。

コンパクトで前輪駆動の大衆車

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
アルファ・ロメオ・アルファスッド。筆者は、ブランドの節目となるような傑作だったと思う。妥協を感じさせないほど考え込まれたパッケージングと技術が投入された、不思議な魅力を備える1970年代のファミリーカーだ。

水平対向エンジンを搭載し、誕生から10年後のライバルモデルですら、同等のハンドリングや洗練性、ドライバーの充足感を獲得するのに苦労していた。1つの水準を築いたといっても過言ではない。

アルファ・ロメオ・アルファスッド 赤のtiクーペ、緑のスプリント・ベローチェ・クーペ
アルファ・ロメオ・アルファスッド 赤のtiクーペ、緑のスプリント・ベローチェ・クーペ

コンパクトなボディで前輪駆動。手頃な大衆車に「南」を意味する名前を与えた。労働者階級でも、現実的な所有欲をかき立てられるアルファ・ロメオの誕生だった。得られる幸福度は大きかったものの、沢山の手間もかかったのだが。

ふんだんにコストが投じられたフォードフィアットに対し、アルファスッドは伝統の三角の盾こそが最大の価値。多くの市民が、小さなアルファ・ロメオに期待を寄せた。

スッド(Sud)という名前はカンパニア州ナポリにほど近い、アルファ・ロメオ製コンパクトモデル発祥の地を指している。ルノー・ドーフィンやR4のイタリア生産請け負いながら、小型モデルの基礎を築いた場所だ。

公然の秘密ではあったが、小さなアルファ・ロメオの計画は1950年代から存在していた。大衆車の市場でフィアットの販売を邪魔しないという企業間の紳士協定が、そのアイデアを進ませずにいた。

デザインはジウジアーロ 設計はフルシュカ

そんな約束を忘れたかのように、アルファ・ロメオは1971年のトリノ自動車ショーでアルファスッドを発表。ジョルジェット・ジウジアーロが新たに立ち上げたイタルデザイン社が、ボディのデザインを手掛けている。

ジウジアーロによる4ドアの滑らかな2ボックスボディが、技術者のルドルフ・フルシュカが設計したドライブトレインを包む。開発に関わった才能溢れる人物たちのリストに、フィアットは震え上がったことだろう。

アルファ・ロメオ・アルファスッド 赤のtiクーペ、緑のスプリント・ベローチェ・クーペ、白のtiクーペ・シリーズ2
アルファ・ロメオ・アルファスッド 赤のtiクーペ、緑のスプリント・ベローチェ・クーペ、白のtiクーペ・シリーズ2

フルシュカは、第二次大戦前はフォルクスワーゲンのためにフェルディナント・ポルシェとともに働き、戦後はイタリアでチシタリアやフィアット128の開発に携わった。彼のキャリアの中で、アルファスッドは最高の傑作だったといっていい。

アルファ・ロメオでは1900や105系ジュリアなどのプロジェクトに参画。アルファ・ロメオとしても大きく業績を伸ばし、彼の実績も大いに高めた。

一方、エキゾチック・モデルを数多く手掛けてきたジウジアーロにとっては、大衆車として初めての成功事例になった。フルシュカの厳しい技術的な制約にも、しっかり応えた。

特に大きなスーツケース2個を荷室に積める必要がある、という条件には大いに悩んだようだ。「それは本当に巨大でした」。と後にジウジアーロが述べるほど。

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