【2.5L直6か3.5L V8か】ローバーP6 3500Sとトライアンフ2.5 PI 1970年代の好敵手 前編

公開 : 2021.10.24 07:05  更新 : 2021.10.25 12:07

荒波に揉まれた英国ブランド、トライアンフとローバー。1970年代にしのぎを削った2台のエグゼクティブ・サルーンを、英国編集部がご紹介します。

ローバーのイメージを前向きに変えたP6

執筆:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
撮影:Luc Lacey(リュク・レーシー)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
季節の変わり目らしい急な雨が、雷を伴って英国中部、ウォリックシャーの丘陵地帯を抜けていった。日差しが戻るのを待って、1970年代に誕生したドライバーズ・サルーンのエンジンを始動する。雷鳴のような轟音が、再び一帯に響く。

今回ご紹介するのは、ローバーとしてもトライアンフとしても、当時最も先進的な設計で大きな成功を収めた大型サルーン。1台はカンリー工場の頂点といえた直列6気筒の美声を持つ2.5PI。隣に並ぶのは、V8のテノールが勇ましいP6 3500Sだ。

ベージュのローバーP6 3500Sと、レッドのトライアンフ2.5 PI Mk2
ベージュのローバーP6 3500Sと、レッドのトライアンフ2.5 PI Mk2

1970年代の英国車として、他を凌駕する動力性能に操縦性、快適性を獲得。ジャガーXJ6が発表されるまで、運転を愛する銀行の上役や医師、パイロットらに選ばれた。

アブロ・バルカン爆撃機の姿が見えるこの場所は、ロケ地としてピッタリかもしれない。この爆撃機が活躍したフォークランド戦争の頃に、2台は現役だった。10年以上という長いモデルライフも、役目を終えた巨大な三角翼を持つ飛行機と重なる部分がある。

レシプロエンジンからジェットエンジンへ飛行機が進化したように、ローバーの進歩を象徴すべく、ライバルよりひと足先にP6が登場。信頼できつつ旧式的なP4を長く生産していたローバーに対するイメージを、前向きなものへ一変させた。

前衛的といえる設計とDSに似たデザイン

それまでも、ローバーが革新を避けていたわけではない。P6の開発を主導したのは、ランドローバーの父と呼ばれる、スペンサー・ウィルクス氏とモーリス・ウィルクス氏という兄弟だ。

彼らの指示で動いたスペン・キング氏やピーター・ウィルクス氏、ゴードン・バッシュフォード氏らも、1948年の初代ディフェンダー、ランドローバーの開発へ深く関わっている。

ローバーP6 3500S(1971〜1976年/英国仕様)
ローバーP6 3500S(1971〜1976年/英国仕様)

エンジニアの野心は高く、ガスタービン・エンジンからハイドロニューマチック・サスペンションまで、様々な技術がP6の候補に挙がった。実際、クルマの設計自体も前衛的といえるものだった。

フロント・サスペンションは、ウイッシュボーンのリンクから、横向きに取り付けられたコイルを押す仕組みを採用している。リアはよりシンプルで、ワッツリンクを備えたドディオンチューブ・アスクル式だ。

ボディシェルはスケルトン構造のベースフレームに、ボディパネルを固定するというもの。スタイリングを手掛けたのはデビッド・ベイチュ。彼の創造性は抑え気味だったが、それ以前のローバーとはかけ離れていた。

当初のデザイン案では、滑らかに傾斜したボンネット・ラインを持ち、シトロエンDSにも似ていた。量産へ至るまでに、フロントノーズは一般的な丸目4灯に四角いフロントグリルというスタイルへ修正されている。

前後が細く絞られ、ボディ中央が僅かに膨らむフォルムは量産車へ引き継がれた。P6の見た目の特徴といえる、滑らかに後ろへ下がるルーフラインも実現されている。

記事に関わった人々

  • 執筆

    グレッグ・マクレマン

    Greg Macleman

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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