まだまだ頑張る現役総編集長の奮闘録
2026.07.05

【実際に購入レポート】ポルシェ・タイカンの長期テスト(27)2回目の充電システムのトラブルが発生しました
ルーチェはEV時代のフェラーリといえるか?

最近のもうひとつの大きな話題は、フェラーリ初のBEV、ルーチェの登場である。そのコンセプトもデザインも、すべてが非難轟轟であるが、私も唖然として言葉がなかった。
そもそもスーパーカーのような類のクルマは『ひと目で人を魅了する、説明無用なクルマであること』が絶対条件であり、その点ではルーチェはスポーツカーですらないといえる。
確かにBEVは、これまでのエンジンに振り回されることがなくデザインが可能だし、ゼロからスポーツカーの新たな概念を規定することも可能だが、今、フェラーリ社がそんなことをする必要があるのか、私には全く理解できないのである。
なぜなら、フェラーリやポルシェのブランドは、『既存のクルマ』という概念があってこそ、それに対する優れた商品として、ブランド力を持つのだから。
まだ、既存のEVの概念も固まっていない現在において、すでに見たことのあるようなデザインのモデルを発表して『これが新しいフェラーリです』といわれても、みな二重の意味において困惑するだけであろう。
すなわち、ルーチェは『フェラーリらしさもないし、かといって人をアッと思わせる斬新なデザインでもない』ということなのだ。
F40アンベールの時の衝撃

まったくの余談になるが、1987年にF40の発表会でマラネロに行ったとき、ベールが剝がされた時の衝撃は未だに忘れられない。
エンツォ・フェラーリの挨拶の後、フィオラノでロード&トラック誌のジョン・ラムさんと2人で引っ張りの撮影をしながら、「どうしてもこのクルマが欲しい。何としてもお金をためて、絶対にこのクルマを買うぞ」と、心に誓ったのをよく覚えている。無論、その時は価格もわからなかったが。
今回のルーチェの発表に、いったい何人がこのような気持ちになったのだろうか?
フェラーリの開発陣に課せられた重圧と責任は宿命だが、限定車を買うために仕方なくこのルーチェも買わざるを得ない、というようなビジネスはやって欲しくないものである。

















