旧車愛好家の「聖地」で眠る珍しい廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2024.12.28 18:25

シボレーC20(1969年)

フレンチレイク・オートパーツには何百台ものクラシック・トラックが保管されているが、このカラフルな働き者にはすぐに目を奪われた。1969年型シボレーC20 4×4で、つい最近まで溶接や除雪作業に活躍し、2023年の夏にこのヤードにやってきた。シルは熟れすぎた果物のように腐りかけており、それはこのトラックが過酷な冬の作業に耐えてきたことの証である。

シボレーC20(1969年)
シボレーC20(1969年)

クライスラー300(1967年)

クライスラー300は1967年にモデルチェンジを行い、ボディサイドに独特なカーブを描くデザインが採用された。ヘッドライトより前方に伸びるフェンダーも新しくなった。この年に設定された3種類のボディスタイルのうち、この個体のようなハードトップ・クーペは最も人気があり、2万1894台の販売台数のほぼ半分を占めた。

クライスラー300(1967年)
クライスラー300(1967年)

フィアット124スパイダー(1978年)

フェンダーにプライマーが塗られていることから、誰かがある時点でこの1978年型フィアット124スパイダーを走れるようにしようとしたことは明らかである。幌も新品に交換された。しかし、修復プロジェクトが手に負えないと判断し、損切りすることを選択したようだ。最終的に、このイタリア製スポーツカーはフレンチレイク・オート・パーツに売却された。

フィアット124スパイダーは1966年から1981年まで生産され、最後の6年間は米国市場のみで販売された。

フィアット124スパイダー(1978年)
フィアット124スパイダー(1978年)

ダッジクラブクーペ(1948年)

1948年、10万台以上のスタイリッシュなクラブクーペがダッジの工場から出荷された。その年のダッジの総販売台数は24万3340台で、シボレー、フォード、プリムスに次ぐ米国第4位のブランドとなった。翌年には販売台数がさらに1万3000台増加したが、ランキングでは8位に後退した。

ダッジ・クラブクーペ(1948年)
ダッジ・クラブクーペ(1948年)

キャデラック(1941年)

キャデラックは1941年に6万6000台以上を生産し、同社の販売記録を更新したにもかかわらず、ライバルのパッカードには7000台ほどの差をつけられた。このシリーズ62の4ドア・セダンには、最高出力150psの5.7L V8エンジンが搭載されていた。今では想像もつかないが、当初は最高速度160km/h、0-97km/h加速14秒を誇った。

キャデラック(1941年)
キャデラック(1941年)

フォード・グラン・トリノ・ワゴン(1972年)

1972年、フォードはトリノ、グラン・トリノ、グラン・トリノ・スポーツのラインナップで構成されるトリノの第3世代を発表した。この世代ではサイズが拡大し、グラン・トリノ・ワゴンは先代モデルよりも6インチ(約152mm)も長くなった。

注目すべきは、2008年に公開されたクリント・イーストウッド監督の映画『グラン・トリノ』で、1972年型グラン・トリノが主役を演じたことである。ただし、映画で登場したのは、より魅力的なソフトトップモデルのスポーツであった。

フォード・グラン・トリノ・ワゴン(1972年)
フォード・グラン・トリノ・ワゴン(1972年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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