豪雨が味方した1995年のル・マン マクラーレンF1 GTR(2) 優勝車の興味深い余談とは?

公開 : 2025.06.14 17:50

古い仕様のベアリングが組まれていた優勝車

ただし、物議を醸す結果でもあった。マクラーレンはDPRとは別にワークスカーを走らせていると、公道用のF1を申し込んでいた1人、レイ・ベルム氏が発言したからだ。

国際開発レーシングのチームが、どの程度ワークス態勢だったのかという答えは、今でも出ていない。少なくとも、マクラーレン側がチーム・ドライバーを起用し、マシンの所有権を握っていたことは事実だ。

国際開発レーシング・マクラーレンF1 GTR
国際開発レーシング・マクラーレンF1 GTR    マクラーレン

他方レース本番では、国際開発レーシングの騒然とするピットから、マクラーレンの主要スタッフが追い出されていたことも事実。リーダーのポール・ランザンテ氏は、発言者が多すぎると判断したらしい。

これには、興味深い余談がある。優勝したF1 GTRには、クラッチトラブルを予見し、古い仕様のレリーズベアリングが装備されていた。替えが、1つだけ存在していたのだ。それはマニクール・サーキットで、22時間使い込まれた部品だったという。

番外編:公道仕様へ変更されたハロッズのF1 GTR

1995年を戦ったイエローのマクラーレンF1 GTRは、フランスのル・マン24時間博物館で現在展示されている。ただし、デレック・ベル氏とアンディ・ウォレス氏、オリヴィエ・グルイヤール氏の3人で6位入賞を果たした、1996年仕様で仕立ててあるが。

シャシー番号06RのF1 GTRは、1997年からはFIA GT選手権に参戦。ドイツのマーティン・ヴェイル・レーシングチームが走らせたが、成功を収めることなく、シーズン半ばで引退している。

ハロッズ・マクラーレンF1 GTR(1995〜1996年)
ハロッズ・マクラーレンF1 GTR(1995〜1996年)    マクラーレン

その後、DPRによってレストアされ、1997年にデビッド・クラーク氏が購入。2005年に公道走行できる状態へ改造され、ジョン・ハント氏へ売却された。現在は、ル・マンで2度クラス優勝を遂げた、フランソワ・ペロド氏がオーナーだ。

執筆:ゲイリー・ワトキンス(Gary Watkins)
画像提供:マクラーレン

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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