ドライブガイドと共に発展 ミシュランのパブリックイメージ(前編)【サイトウサトシのタイヤノハナシ 第16回】

公開 : 2026.01.21 12:05

ビバンダム=ミシュランマン

10年くらい前のことですが、総勢10名くらいで、クルマを連ねてドイツ国内をドライブするツアーをやりました。その時のツアーガイドさんが、ドイツと国境を接しているフランス・アルザス地方の山の中腹にポツンとある一つ星レストランを選んでくれたことがあります。

ドライブの途中で、ワインを飲みながら食事を楽しむことができなかったのが残念でした。

以前は日本でも『ビバンダム』や『ビブ』の愛称で呼ばれていたミシュランマン。
以前は日本でも『ビバンダム』や『ビブ』の愛称で呼ばれていたミシュランマン。    平井大介

こうした郊外のレストランは、宿泊施設を備えているところもあって、週末になると食事をして宿泊していくお客さんも少なくないのだとか。

話が思い切り脱線してしまいましたが、脱線ついでにもうひとつ。

ミシュランマンも、ミシュランを語るうえでは外せないキャラクターです。

1894年に開催されたリヨンの万国博覧会で、ミシュランブースの入り口に大小さまざまなタイヤを積み上げて展示していました。これを見たミシュラン創業者ミシュラン兄弟の一人エドワール・ミシュランが「これに腕を付けたら人間じゃないか」といったことからキャラクターが生まれたのだそうです。

当初のミシュランマンは、眼鏡をかけ葉巻を吸うミイラの様な姿で、ガラス片や釘を満たしたゴブレットを飲み干すモンスターとしてポスターに描かれていました。

そして、最初のポスターには古代ローマの詩人ホラティウスの一節「Nunc est bibendum」(ヌンク・エスト・ビバンダム=今こそ飲むべし)と書かれていました。その後も『ミシュランタイヤは障害物を飲み込む』というフレーズが使われます。

1898年のパリ→アムステルダム→パリ自動車レースで、フランス人ドライバーのレオン・テリーが、葉巻をくわえ、メガネをかけて恰幅のいいアンドレ・ミシュランを見て「ビバンダム万歳」と叫んだことで、それまで名前のなかったキャラクターは『ビバンダム』として広く知られるようになったのです。

現在の呼び名は、フランス本国ではビバンダムですが、日本始め他の国での名称は『ミシュランマン』となっています。

さて、実際のタイヤの話は、次回後編で。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    斎藤聡

    1961年生まれ。学生時代に自動車雑誌アルバイト漬けの毎日を過ごしたのち、自動車雑誌編集部を経てモータージャーナリストとして独立。クルマを操ることの面白さを知り、以来研鑽の日々。守備範囲はEVから1000馬力オバーのチューニングカーまで。クルマを走らせるうちにタイヤの重要性を痛感。積極的にタイヤの試乗を行っている。その一方、某メーカー系ドライビングスクールインストラクターとしての経験は都合30年ほど。

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