UK編集部が見た「Kei jidosyha(軽自動車)」誕生の軌跡 小さなクルマが日本に与えた多大な影響  歴史アーカイブ

公開 : 2026.02.09 17:05

困難な課題に立ち向かった国内メーカー

当然ながら、ほとんどの企業はこれを達成困難な要求と考えた。特に政府の開発補助金が一切ない状況ではなおさらだった。しかし、この課題に真正面から挑んだ企業があった。旧中島飛行機の一部を母体として新設されたスバルである。

1958年にスバル『360』を試乗したAUTOCAR英国編集部は、次のように評した。

軽自動車の販売首位に立つホンダNボックス
軽自動車の販売首位に立つホンダNボックス    ホンダ

「サスペンションは一流で、称賛に値するほどしなやかだ。しかも、かなりのホイールトラベル量があるにもかかわらず、安定性を損なうことはなく、ロールもほとんどない。小さなエンジンは非常に滑らかで、決して騒がしくなく、非常に力強い」

唯一欠点として挙げられたのは、トランスミッションがシンクロメッシュ式ではなく、運転に不慣れなドライバーには扱いにくいということだった。

同年、本格的な軽商用車も登場した。スズキ・スズライトをベースにしたバン仕様だ。

スバル360は瞬く間に大ヒットし、スズキ・スズライトと並んでマツダダットサン三菱といった競合他社の挑戦を受けた。その結果、軽自動車の販売台数は1955年のわずか48台、1958年の1102台から、1960年には7万7632台へと急増した。

そして、普通車が広く普及するようになってからも軽自動車の需要は高く、今日に至るまで日本の重要な、そして愛される存在であり続けている。

記事に関わった人々

  • 執筆

    クリス・カルマー

    Kris Culmer

    役職:主任副編集長
    AUTOCARのオンラインおよび印刷版で公開されるすべての記事の編集と事実確認を担当している。自動車業界に関する報道の経験は8年以上になる。ニュースやレビューも頻繁に寄稿しており、専門分野はモータースポーツ。F1ドライバーへの取材経験もある。また、歴史に強い関心を持ち、1895年まで遡る AUTOCAR誌 のアーカイブの管理も担当している。これまで運転した中で最高のクルマは、BMW M2。その他、スバルBRZ、トヨタGR86、マツダMX-5など、パワーに頼りすぎない軽量車も好き。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事