肉屋の助手からF1チームオーナーへ リジェのサクセスストーリー 歴史アーカイブ

公開 : 2026.01.18 11:45

レースで名を馳せたフランスの自動車メーカー、リジェ。創業者のギ・リジェ氏は学校を中退した後、何もないところから実績を積み重ね、F1チームのオーナーとなり、やがてマイクロカーを製造するまでになりました。

競争心あふれる創業者

フランスのリジェ(Ligier)は最近、ニュルブルクリンクで史上最遅のラップタイムを記録し話題となった。これについては自ら「リジェの輝かしい歴史をほのめかすもの」だと、ユーモラスに主張している。本稿では、その歴史について当時のAUTOCAR誌(英国)の記事を振り返りながら紹介したい。

リジェの名がAUTOCAR誌に初めて登場したのは1964年3月のこと。開催間近のル・マン24時間レースのエントリーリストに記されていた。フランスのポルシェ輸入代理店チームに所属したギ・リジェ氏は、904で7位入賞を果たした。

リジェJS2
リジェJS2

自動車レースに初めて出場してから7年、彼は33歳でここまで漕ぎつけた。この成長は自力で成し遂げたものだ。

リジェ氏は7歳のとき、ヴィシー政権下で農夫だった父を亡くし、14歳で資格も持たずに学校を中退。精肉店の助手として働き始めた。早くからスポーツの才能を示し、優秀なボート選手となったほか、兵役に就きながら国際ラグビー選手としても活躍した。AUTOCAR誌は後に、この経験が「彼の競争心、頑固さ、打たれ強さ、そしてチームスピリットを育てた」と評している。その後、彼は二輪レースにも参戦した。

成功を夢見たリジェ氏は、1960年に中古のブルドーザーを購入し、1日18時間、土砂を運び続けた。ほどなくして、彼の会社は1000人の従業員を擁し、数百万ユーロ規模の価値を持つ、フランスにおける高速道路建設の主要請負業者となった。その飛躍の秘訣は、「最も困難な仕事を受け入れ、競合他社よりも迅速にやり遂げること」だという。

ル・マンでのデビューから2年後の1966年、リジェ氏はF1に参戦し、クーパーを購入してモナコでデビューを果たした。その年の後半、ニュルブルクリンクでクラッシュを経験し、1967年には新車を購入しなければならなくなった。しかし、この時購入したブラバムも競争力に欠け、「失望した」リジェ氏は13回のグランプリを終えて、F1から撤退した。最高順位は8位だった。

作り手の性格を反映したマシン

リジェ氏は次に、自ら車両を製作することにした。シャシーは、フランスのスポーツカーレースのスペシャリストであるCD社のエンジニアを雇い、ボディはイタリアのコーチビルダーであるフルア社に委託。パワートレインはフォード・コスワースのV6エンジンとヒューランドのマニュアル・トランスミッションを採用した。

このマシンは『JS1』と名付けられた。JSとは、リジェ氏の親友であり、同じく自力で成功を収めたジョー・シュレッサー氏に由来する。パリでシェルビーのディーラーを経営していたが、F1の事故で亡くなったばかりだった。

リジェJS2
リジェJS2

JS1はレースで成功を収め、すぐに改良型の『JS2』の開発が始まった。シトロエンSMに搭載されていたマセラティのV6エンジンの高出力バージョンを搭載した。

1975年、AUTOCAR英国編集部は樹脂製ボディのJS2の公道仕様を試乗し、次のように伝えた。

「このクルマは作り手そのものだ。四本の太いタイヤにしっかり支えられ、ずんぐりとして力強く、攻撃的な印象すら与える。性能も、その印象にふさわしいものだ。静止状態から1kmの加速タイムはわずか27秒強。V6エンジンは3500rpmを超えると力強く引っ張る」

「低速ではサスペンションが硬いが、高速巡航時には見事に滑らかになる。実際、全体的な乗り心地は同クラス最高レベルと言えそうだ」

「市街地では、JS2の運転はいくつかの理由で苦痛を伴う。しかし、開けた道に出た途端に様変わりする。ステアリングはあらゆる点でほぼ完璧だ。コーナリング性能は極めて高く、優れたフィードバックがある。これらすべてが相まって、驚異的な潜在能力を秘めており、運転する喜びを実感させてくれる」

記事に関わった人々

  • 執筆

    クリス・カルマー

    Kris Culmer

    役職:主任副編集長
    AUTOCARのオンラインおよび印刷版で公開されるすべての記事の編集と事実確認を担当している。自動車業界に関する報道の経験は8年以上になる。ニュースやレビューも頻繁に寄稿しており、専門分野はモータースポーツ。F1ドライバーへの取材経験もある。また、歴史に強い関心を持ち、1895年まで遡る AUTOCAR誌 のアーカイブの管理も担当している。これまで運転した中で最高のクルマは、BMW M2。その他、スバルBRZ、トヨタGR86、マツダMX-5など、パワーに頼りすぎない軽量車も好き。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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