新モデル級の進化『F355 GTS』、オリジナル・レシピに魅了『ディーノ246 GTS』 成功を導いたベビー・フェラーリたち(3)
公開 : 2026.03.28 17:55
V6エンジン開発の中心にいた、アルフレード氏と、ピニンファリーナのアイデアを好意的に受け止めた、エンツォ氏。成功を導いた金字塔的ベビー・フェラーリ2台を、UK編集部が振り返ります。
もくじ
ー更なる成功が期待された348 tb
ー完全な新モデルのような雰囲気を放ったF355
ーフィオラノのラップタイムを7秒短縮
ーオリジナル・レシピの凌駕は簡単ではない
ーディーノ246 GTSとフェラーリF355 GTS 2台のスペック
更なる成功が期待された348 tb
歴代初の量産ミドシップ、ディーノ206 GTで、メジャーなエキゾチック・ブランドとしての一歩を踏み出したフェラーリ。フィアットの資金を後ろ盾に、1975年から3年連続でF1のコンストラクターズ・タイトルを獲得し、ブランドの将来は盤石といえた。
1973年には、V8エンジンをミドシップしたディーノ208が登場。308 GT4が続いた。

翌年には、レオナルド・フィオラヴァンティ氏による傑作で、ミドシップのジュニア・スーパーカーというカテゴリーを切り拓いた、308 GTBが発売される。1989年に348 tbが登場するまでに約1万5000台が売れ、収益は技術力の向上へ貢献した。
しかし、1988年に創業者のエンツォ・フェラーリ氏が死去。世界的な不況も迫っていた。348 tbには更なる成功が期待されたが、964型ポルシェ911 カレラ4や、初代ホンダNSXといった才能豊かなモデルが登場し、存在感を発揮することはできなかった。
完全な新モデルのような雰囲気を放ったF355
この状況を打開したのが、当時の会長、ルカ・ディ・モンテゼーモロ氏。1970年代に自ら率いて成功を収めた、ワークスチームのスクーデリア・フェラーリと同様に、停滞していた公道モデル・ビジネスの復調を図った。
FRグランドツアラーの456や、F50の開発も進んだが、348 tbはF355へ進化。スタイリングは、ピニンファリーナ社のマウリツィオ・コルビ氏が担当し、クラシカルでありつつエレガントなボディが生み出された。

348 tbのセミモノコック構造は受け継ぎ、ルーフとガラスエリア、フロントフェンダーは共通していた。しかし、完全な新モデルのような雰囲気を放った。
コンピュータ技術の導入で空力特性も磨かれ、前端のスポイラーはフロントタイヤ周辺の乱気流を抑制。ボディ底面のヴェンチュリーが、効果的にダウンフォースを生んだ。
フィオラノのラップタイムを7秒短縮
40バルブのV8エンジンが得た、60psのパワーアップも話題を集めた。排気量は3496ccへ拡大され、3枚のインテークバルブはタイミングをずらし開閉することで、混合気の流れを促進。11.1:1の圧縮比で、1.0L当たり110psというパワーを誇った。
シャシーは、剛性を3割向上。トレッドは348 tbから広げられつつ、柔らかいスプリングと硬いアンチロールバーを獲得し、456譲りのアダプティブダンパーが組まれた。その仕上りは高水準で、マラネロ・フィオラノのラップタイムを7秒も縮めている。

果たして、F355の運転体験へ誰もが魅了された。シフトレバーはスムーズに動き、クラッチペダルは扱いやすく、パワーステアリングが備わり、ブレーキにはアンチロック機構が備わった。優雅な容姿も含めて、フェラーリの狙いは明確に具現化されていた。
クーペのベルリネッタに続き、スパイダーとタルガトップのGTSは1995年に登場。1997年には、6速セミATの「F1マティック」も追加されている。ミヒャエル・シューマッハ氏のように巧みなギア選びで、サーキットを巡ることも可能になった。
画像 成功を導いたベビー ディーノ246 GTSとフェラーリF355 GTS 206 GTと308 GTSも 全123枚





























































































































