世界規模の波乱万丈な歴史 ダンロップのパブリックイメージ(前編)【サイトウサトシのタイヤノハナシ 第18回】
公開 : 2026.03.18 12:05
タイヤの達人・サイトウサトシが、30年以上蓄積した知識やエピソードを惜しみなく披露するこのブログでは、各タイヤメーカーのパブリックイメージをおさらい中。第18回はダンロップの前編です。
大谷翔平選手がなぜCMに?
今、ダンロップでは、大谷翔平選手をCMキャラクターとして起用しています。じつは、この発表があった2024年7月当時、住友ゴム(ダンロップ)は、北米と欧州、オセアニアでタイヤの販売をすることができませんでした。つまり、北米でも大人気の大谷選手の広告効果が期待できないのです。
なのに、なぜ? と疑問に思っていたら、2025年1月。住友ゴム工業が、グッドイヤーから欧州、北米、オセアニアのダンロップ・ブランドの4輪タイヤ販売、商標権等を取得したことが発表されました。総額1000億円に上るビッグプロジェクトでした。

ここでちょっと、歴史の話をします。
ダンロップは、1888年のB・Jダンロップによる空気入りタイヤの発明に始まります。じつはそれを遡る1845年に、鉄道技師のR・Wトンプソンが空気入りタイヤを発明し、特許を取得していたのですが、実用化には至らず、彼が亡くなるとともに忘れ去られてしまいました。B・Jダンロップの発明は、再発明としてとして改めて特許を取得しています。
『The Dunlop Rubber co.,Ltd』の設立は1888年。その後、1893年にドイツとフランスに工場を建設して西ヨーロッパの基盤を築くと、カナダ(1894年)、オーストラリア(1898年)、アメリカ(1920年)、インド(1926年)に工場を展開していきます。
1909年には英国領香港にダンロップ・ラバー・カンパニー・ファーイーストが設立され、同年、日本支店と工場を兵庫県神戸市に設立。1917年に日本法人となり『ダンロップ護謨(極東)株式会社』として登記されます。
転換点は、1984年
ダンロップが会社組織としてユニークな点は、世界各地のタイヤ生産会社ごとに、輸出地域を厳密に定めているところです。
日本ダンロップは、英国ダンロップの100%子会社として設立されて以来、販売地域を極東地域に限られていました。

日本ダンロップに『住友』の資本が入るのは1960年になります。1963年には経営権を取得して『住友ゴム工業株式会社』を設立します。
独立に当たっては、技術援助契約の期間を20年とし、販売会社にダンロップの社名を残すという取り決めにより、『日本ダンロップ護謨株式会社(1970年日本ダンロップ株式会社に改名)』を設立。
住友ゴムにとって、次の大きな転換点となるのは20年契約が切れる1984年になります。
契約更改に当たって、英国ダンロップと住友ゴムの間で激しいやり取りが行われているさなか。突如、英国ダンロップからの申し入れより、フランス、ドイツ、イギリスのタイヤ事業と研究施設を買収します。
この時、英国ダンロップは経営難に陥っていたのでした。1985年には米国ダンロップも買収し、これによって住友ゴムは、日米欧の主要3拠点のダンロップ・ブランドを掌中にしたのです。
この時期は、日本のバブル期と重なり、爆発的な好景気となります
バブルの陰りが濃くなってきた1999年、住友ゴムは、グローバル競争の激化に対抗する手段として、グッドイヤー(GY)と資本・業務提携を締結します。
具体的には日本、北米、欧州に6つの合弁会社(JVC)を設立。各地域のJVC出資比率は、
・北米JVC GY75% 住友ゴム25%
・欧州JVC GY75% 住友ゴム25%
・日本JVC 住友ゴム75% GY25%
・日本新車用タイヤJVC 住友ゴム75% GY25%
・技術JVC GY51% 住友ゴム49%
・購買JVC GY80% 住友ゴム20%
として、北米と欧州はGYが主体となりダンロップ・ブランドを展開。日本では、住友ゴムが主体となってダンロップとグッドイヤーの両ブランドを展開することに決まりました。
契約当初、2社によるアライアンス効果は大きく、2000年には過去最高の経常利益を計上します。

