60周年を迎えたランボルギーニ・ミウラ『公式』ヒストリー(3) 現代へ繋がるブランドDNAの原点

公開 : 2026.03.25 17:25

V12がブランドDNAを形作ってきた

ランボルギーニV12モデルの歴史は、このエンジンを中心に展開しています。

すなわち、V12エンジンこそが約60年にわたってブランドDNAを形作ってきた技術的にも革命的なパワーユニットであり、エンジニアリングの芸術性、革新性、そしてビジョンを体現しています。

ランボルギーニ・ミウラP400S
ランボルギーニ・ミウラP400S    アウトモビリ・ランボルギーニ

2022年にアヴェンタドール・ウルティメに最後の自然吸気V12エンジンが搭載されたタイミングで、ランボルギーニは1960年代にまで遡るひとつの時代に区切りを付けました。

2023年のレヴエルト登場によりV12エンジンは新章に突入し、その象徴的なエンジンがハイブリッドシステムと組み合わされることで、進化は新たな電動化の時代へと導かれました。

ミウラP400またはP400Sのモデルに応じて、エンジンはそれぞれ350hpまたは370hpを発揮し、この出力によりミウラは当時最速の量産車のひとつとなりました。ミウラP400は6.7秒で100km/hまで加速し、最高速度は280km/hに達する、当時世界最速の量産スーパースポーツカーでした。

後続モデルのP400SVに搭載されたエンジンはさらに高出力となり、7850rpmで385hp、5500rpmで388Nmのトルクを発揮し、より優れた運転性を実現しました。

動力は乾式クラッチを介し、オープンシフトゲートを備えた5速マニュアルトランスミッションへと伝達されました。

スーパースポーツカーのパイオニアとして

エンジン、トランスミッション、ディファレンシャルは同じハウジングと潤滑システムを共有しており、これは当時としては異例でした。この構造は大胆で、スペースを節約できると同時に、技術的な挑戦を伴うものでした。

生産の過程でランボルギーニは、エンジン用とトランスミッション用にそれぞれ独立した潤滑システムを開発し、これは技術上重要な変更となりました。その性能は、画期的なV12ミドシップエンジンのレイアウトと相まって、ミウラを技術的に革新的なモデルとして特徴付け、スーパースポーツカーのパイオニアとしての地位を確固たるものにしました。

ランボルギーニ・ミウラP400S
ランボルギーニ・ミウラP400S    アウトモビリ・ランボルギーニ

このサクセスストーリーで中心的な役割を果たしたのは、エンジニアのスタンツァーニです。彼は、ジョット・ビッザリーニが設計したV12エンジンの原型を公道走行に適した仕様に改良し、量産体制を整えました。

また、彼はチームと共同で、ミウラを当時の他のスポーツカーと差別化する最新の技術ソリューションを開発しました。スタンツァーニは、カウンタック、エスパーダ、ウラッコなど、ランボルギーニの他のアイコニックなモデルの設計にも大きく関与していました。

V12エンジンは性能にとどまらず、ミウラの個性をも形作り、またそのサウンドは類まれなものです。V12エンジンは、ミウラが映画『ミニミニ大作戦(The Italian Job)』(1969年)の伝説的なオープニングシーンをはじめとする数々の映画で主要な役柄を演じてきた理由のひとつです。このエンジンは主役級の役割を果たし、そのサウンドはシーンの視覚表現と密接に結びついていました。

*3月26日夕方公開予定の『60周年を迎えたランボルギーニ・ミウラ『公式』ヒストリー(4)』へ続きます。

記事に関わった人々

  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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