初代『日産ムラーノ』はどんなクルマだった? クロスオーバーSUV市場のリーダー、トヨタ・ハリアーのライバルとして登場

公開 : 2026.06.18 12:05

日本仕様は2.5L直4+4速AT、FFも設定

北米仕様のパワートレインは3.5L V型6気筒+CVTに4WDまたはFFの組み合わせのみだったが、日本仕様には2.5L直列4気筒+4速ATにFFという仕様も設定された。

2.5Lはパワー的には劣るが3.5Lより100kg以上軽く、運動性は悪くなかった。装備の違いもあり車両価格も90万円近く安く、しかも見た目の違いはほとんどなかったから、こちらで十分と思う人は多かった。

パワートレインは3.5LのV6と、日本仕様に2.5L直4が用意された。
パワートレインは3.5LのV6と、日本仕様に2.5L直4が用意された。    日産自動車

1.9m近い全幅が気になりそうだが、当時を思い出すと、乗ってしまえば視界は良く車両感覚がつかみやすいので、意外と運転はしやすかった。3.5Lは1.8トン近い車重をものともせずに豪快に加速し、2.5Lはノーズの軽いぶんパワー不足を気にしないでの走りが楽しめた。

初代ムラーノは、日本でも予想以上にヒットした。世界約80ヵ国で50万台が販売され、北米市場では42万台、日本でも約4万台を販売したという。

2代目は日本でも2008年9月に発売

2代目ムラーノは2007年のロサンゼルス・モーターショーで発表され、日本でも2008年9月に発売された。

スタイリングは初代をキャリーオーバーしていたが、サイズは全長4825mm、全幅1895mm、全高1730mmと、さらにアップした。ホイールベースは、2825mmで変わらない。ちなみに、4代目ムラーノもホイールベースは同じだ。

日本では2008年9月に発売された2代目日産ムラーノ。
日本では2008年9月に発売された2代目日産ムラーノ。    日産自動車

インテリアも本アルミパネルを採用するなど初代のイメージを踏襲しているが、より上質なキャビンにまとめられていた。

パワートレーンは3.5Lと2.5Lは変わらないが、いずれもトランスミッションはCVTとなり、駆動方式も4WDのみとなった。

日本では初代ほど売れなかった

だが、2代目ムラーノは北米では引き続き人気があったものの、日本では初代ほど売れなかった。4代目ムラーノより幅広い全幅で日本の街中では扱い難く、当時の立体駐車場はほとんど対応できなかった。国内販売は約2万台に留まった。
また、当時は世界的なSUVブームが広がりつつある時期で、日本でも扱いやすいサイズのクロスオーバーSUVが各メーカーから登場したことも要因だろう。

そのため、2014年に登場した3代目からムラーノは海外専用モデルとなった。

2代目ムラーノは北米では人気があったものの、日本では初代ほど売れなかった。
2代目ムラーノは北米では人気があったものの、日本では初代ほど売れなかった。    日産自動車

今回、再び日本に導入されるムラーノをはじめ、認定制度で導入される米国車は、いずれも日本ではサイズの大きさを感じさせるモデルばかり。だが、カメラなど運転支援装備の充実で、かつてよりは街中でも運転しやすくなっている。

果たして、こうした日本メーカーの米国製車がどれくらいの人気を集めるか、今後の動向に注目したい。

初代日産ムラーノ350XV FOURのスペック

全長×全幅×全高:4770×1880×1685mm
ホイールベース:2825mm
車両重量:1780kg
エンジン:V型6気筒DOHC
総排気量:3498cc
最高出力:170kW(231ps)/5600rpm
最大トルク:333Nm(34.0kg-m)/2800rpm
トランスミッション:CVT(6速マニュアルモード付き)
駆動方式:フロント横置き4WD
燃料/タンク容量:プレミアム/82L
10.15モード燃費:8.9km/L
タイヤサイズ:225/65R18
車両価格(新車当時):375万9000円

初代日産ムラーノ
初代日産ムラーノ    日産自動車

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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