【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #28】1977年ポルシェ935/77「より戦闘力を高めた935進化系」

公開 : 2026.07.20 09:11

最早ライバルなしの大暴れ

1976年のタイトル争いのライバルだったBMWは、1977年には2リッター以下のクラスへの参戦を決定する。そのためポルシェに対抗するライバルがいなくなってしまった。

こうした中、ワークスチームのマルティニ・レーシングは、第2戦ムジェロ、第3戦シルバーストーン、第5戦ワトキンスグレン、第7戦ブランズハッチを優勝で飾った。ワークスチームが参加しなかったレースでは、クレマー・レーシングなどのプライベーター勢が大活躍し、ポルシェはシリーズ・チャンピオンを獲得した。

ポルシェ935/77の活躍は国際メーカー選手権のとどまらず、ドイツ・レンシュポルト・マイスターシャフト・シリーズでも猛威を振るった。
ポルシェ935/77の活躍は国際メーカー選手権のとどまらず、ドイツ・レンシュポルト・マイスターシャフト・シリーズでも猛威を振るった。
    ポルシェ

国際メーカー選手権のほか935の活躍は続き、北米でのIMSAシリーズやドイツのDRMシリーズでも大暴れし、レースは935ショーになっていた。

ル・マン24時間は1976年と同様に単独のイベントとして開かれた。これは主催者がプロトタイプとGTの両方を同時に走らせることを許可したためで、これを主要選手権から除外していたFIAとの対立を招いた。

ワークスチームのマルティニ・レーシングは、ル・マン24時間の総合優勝を狙うプロトタイプの936でエントリーし、GTクラスはプライベーターに託された。レースはマルティニ・レーシングの936が優勝を勝ち取り、グループ5のGTクラスはJ.M.S.レーシングチームの935が総合3位でフィニッシュすると共にクラス優勝を果たし、ポルシェは完勝を遂げる。

●空冷水平対向6気筒 2855cc ●630hp ●339km/h

(当連載は、基本的に土日祝日の午前9時11分に公開しています)

記事に関わった人々

  • 執筆

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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