日産が作った欧州車! 初代『プリメーラ』が与えた衝撃 買うなら今?【第5水曜日の男、遠藤イヅルの令和的ヤングタイマー列伝:第9回】
公開 : 2026.09.30 12:05
年に数回だけやってくる第5水曜日に、今見直したいヤングタイマー世代のクルマについて遠藤イヅルが記す当連載。第9回は、1990年に登場した初代『日産プリメーラ』をお送りします。まさに欧州車と呼べる衝撃作でした。
日本から欧州車が出た! デビュー時の衝撃
こんにちは。クルマを主体としたイラストレーター兼ライターの遠藤イヅルです。年に数回だけやってくる『第5水曜日』に、今見直したいヤングタイマー世代のクルマについて記す当連載。第9回は、初代『日産プリメーラ』をお送りします。
時代ごとに流行や世相が異なるように、クルマも流行り廃りや定番が変わります。かつて販売の主流は4ドアセダンが定番かつ基本でしたが、1990年代からミニバンやSUVやハッチバック車に移行して、4ドアセダンは今や風前の灯です。

日本国内ではその4ドアセダンにも流行がありました。
今では一律にセダンと呼んでいますが、1990年代頃までは4ドアハードトップがありましたよね。これらの車種はスタイル優先で車高が低いことが是で、車体サイズに比べて車内は狭めでした。むしろキャビンが大きくて背が高い車種は売れなかったほど。
特に1980年代はその傾向が顕著でした。広くて便利なクルマを求める昨今の風潮からすると、隔世の感があります。そんな最中の1990年。初代『日産プリメーラ』(P10型)が日本市場に降臨しました。
クラスでは『サニー』の上、『ブルーバード』の下に位置した『オースター』と『スタンザ』を統合して誕生したプリメーラは、メッキを一切持たないソリッドでクリーンな外観に、前進した大きなキャビンを持ち、広くて快適な車内と実用的なラゲッジを備えていました。
フロントサスペンションにはマルチリンク式が奢られ、優れたハンドリングを示しますという、まさに『日産が作った欧州車』と言える出で立ちでした。
それは当時、プジョー405などパッケージングに優れたクルマを紹介する雑誌を耽読し、欧州車ハンパない! と傾倒していた19歳の僕の脳を揺するほどの衝撃を与えたのです。
日本車の転換点のひとつ
実のところ日産は、1980年代後半あたりから、煌びやかさよりもシックで上質な6代目『ローレル』、欧州風な3代目『パルサー』、ビッグキャビンの大きな実用車である初代『マキシマ』などを輩出していましたが、それでも大きな流れを変えるには至りませんでした。
ところがプリメーラは、若いユーザーを中心に大きな注目を集めます。走る、止まる、曲がるという基本性能が高く、運転が楽しく、快適で車内が広いという当たり前のような条件を備えたクルマが、それまでの日本車にはあまり多くなかったというのも理由のひとつでしょう。欧州車とガチで勝負できる国産車という評価も、それを後押ししたはずです。

なお開発の主幹は、『フォルクスワーゲン・サンタナ』の日本生産を担当した日産の津田靖久氏。その経験が、欧州流の生産ノウハウや設計思想に生かされたといいます。
氏は当時の回想録で「国際的な視野に経って、世界一のセダンを作るつもりだった」と語っています。初代プリメーラは、まさにその深い哲学が具現化された1台でした。日本のユーザーにパッケージングという言葉と概念、そして広くて快適なセダンの存在を知らしめたはずです。
1990年代前半には利便性に秀でたステーションワゴンやミニバンが台頭する一方、やがてセダンでも居住性を意識した車種が各メーカーから発売されるようになりました。初代プリメーラは、その点でも日本車に大きな転換点を作ったのかもしれません。
















