初めてのクルマが1995年式『ランチア・デルタ』! イタリア車好きの家庭で醸成された「購入しても大丈夫」という感覚 世間が期待するトラブルは皆無?

公開 : 2026.11.01 11:45

トラブルや困りごとは皆無

どうやら高橋さんのデルタはアタリだったようで、トラブルや困りごとは皆無。この15年弱で換えた部品はホース類やシール、ガスケット等のみとなっている。今年も消耗品の交換だけで乗り切れたエピソードがあったそうなので話してもらった。

「愛知県に住んでいたときはラリージャパンのコースまですぐ行けましたが、今年は往復で1050kmほど走ることになりました。帰路にパワステのホースが切れましたが、ガレージまで残り300mのところだったので大きなトラブルには発展しませんでした」

ナビパネルも自作。以前、運転席のシートはスパルコだったが純正のレカロSR2に戻した。
ナビパネルも自作。以前、運転席のシートはスパルコだったが純正のレカロSR2に戻した。    高桑秀典

ラリージャパン2026ではニコライ・グリアジン選手がランチア・イプシロン・ラリー2HFインテグラーレを走らせたが、リエゾンで高橋さんのデルタとすれ違ったらしく、クラス優勝後のインタビューで日本におけるデルタ棲息率の高さに感心した話をしてくれたそうだ。

「イタリアではデルタは神様みたいな存在で、彼の地で『僕の愛車はデルタなんですよ』と言うとみんな驚きます。サーキット走行を楽しんだり、ファミリーカーとして使ったりして、真剣に修理したのは日本ぐらいなんですよね」

クルマのプロである高橋さんにとってステッカーを自作するぐらいのことは朝飯前で、デルタに貼っているモノはもちろん、ツールボックスも個性的なステッカーで彩っている。

「シューマッハ時代のフェラーリUSAGロゴを使ったランチア版パロディ、ブルーだったアバルト・サービスバンのカラーリングをイメージしたもの、コルソ・マルケ38番地にある本社ファクトリー跡に残るプレートをルーツとしたステッカーを貼っています」

高橋さんのデルタ生活は、今後も情熱的かつ平和なまま続いていくだろう。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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