ヒストリック・ラリー「シルブレッタ・クラシック」へ挑戦 W113 メルセデス・ベンツ230SL

公開 : 2019.07.27 07:50  更新 : 2020.12.08 10:40

オーストリアの最西部のアルプスを走り回る

ラリーのコースはオーストリアの最西部、フォアアールベルク州の全域に渡る。地図の上の曲がりくねったルートは、まるでいたずら書きのようにうねる。モンタフォン渓谷にかかる村、ブルーデンツからアルプス山脈、南のレーティコン山脈とシルブレッタ山脈へと伸びている。あと少し走ればリヒテンシュタインとスイスに飛び込むところ。

僕はイタリアの出版社、ルートクラシケのジオスエ・ボエット・コーエンとペアを組むことになっていた。スイスのチューリッヒ空港で乗り換えたときから一緒になった。以前メルセデス・ベンツSL「パゴダ」のオーナーでもあった彼は、今回1964年の230SLラリーのシェイクダウンを任された。ドライバーの指名を受けていたのは自分だったが、国際的な友好関係のためにも、同じエンスージャストという仲間という意味でも、交代で運転することに決めていた。

このSLは1963年の「スパ・ソフィア・リェージュ・ラリー」で優勝したW113をトリビュートしたクルマ。「マラソン・デ・ラ・ルート」としても知られるヨーロッパ各国を巡るイベントだった。当時は、まったく新しいメルセデス・ベンツSLをジュネーブ自動車ショーで発表する2ヶ月前に、欧州各地でアピールする目的があった。

かなり過酷な耐久戦で、119台の参加者のうち、最後までゴールできたのはわずか20台。1962年の欧州ラリー選手権のチャンピオンだったドライバーのオイゲン・ボーランジェとナビゲーターのクラウス・カイザーの気持ちは届かず、サーブ96をドライブしたエリック・カールソンとグンナー・パームが表彰台に登っている。

その1962年、ベーリンガーはハーマン・エガーとペアを組み、220SEbでマラソンを優勝する。メルセデス・ベンツ300SEも発表されて履いたが、彼が1963年の参加車両として選んだのが新しいSLだったのだ。このクルマの軽さとハンドリングのレスポンスの良さがかなり気に入っていたようで、「リトルン」というあだ名を付けていた。開発部門を仕切っていたフリッツ・ナリンジャーと約束し、メルセデス・ベンツの開発部門を通じてクルマを確保したという。

おすすめ記事

 
最新試乗記

クラシックの人気画像