【2年では足りない?】ベントレー・コンティニュエーション・シリーズ 4.5リッター・ブロワー復活の裏側

公開 : 2020.06.13 08:50

ル・マン4連覇の立役者?

その全盛期、ブロワーがレースで勝利を手にすることはなく、出場も12レース(これが今回コンティニュエーションが創り出すブロワーの生産台数の由来となっている)に留まるが、ベントレーには、1930年のル・マンでブロワーがスピードシックスの勝利に大きな役割を果たしたという逸話が残っている。

この逸話によれば、バーキン卿が駆るブロワーがスタートから猛烈なペースで周回を重ねたことで、ベントレー最大のライバルであり、唯一ルドルフ・カラツィオラがスタリングを握って出走していた7.0リッターエンジンのメルセデスSSKを「疲弊」させることに成功したのだと言う。

スペックは千差万別であることが明らかとなっている。
スペックは千差万別であることが明らかとなっている。

結果、バーナートのスピードシックスが勝利しているが、真実はバーキン卿があまりにもカラツィオラを激しくライバル視していたため、ブロワーの限界を超えたドライブをしてしまったというところだろう。

いずれにせよ、そのお陰でベントレーは勝利を手にすることが出来たのであり、4年連続のル・マン制覇を達成している。

昨年9月以降、ブロワーのコンティニュエーション・プロジェクトは、コベントリー近郊で高度な技術力を誇る自動車生産のコンサルタント会社、エンビセージ社を拠点に進められてきた。

リーダーは大ベテラン

プロジェクトでリーダーを務めるのは、多くの経験を持つミュリナーのベテランエンジニア、グリン・デービーズであり、彼は最新のデジタル測定技術と、自らのクラシックモデルを見つめて来たその目を見事に融合させ、コンティヌエーションで創り出すモデルの方向性を決めている。

2号車からすべてのデジタルデータを集め終えると、舞台はふたたびクルーにあるミュリナー本部へと戻り、12台の新たなブロワーはすべてここで創り出されることになる。

悪魔は細部に宿る:ナットやボルト、グロメットなどを正しく再生産するには、2号車を細部まで分解する必要がある。
悪魔は細部に宿る:ナットやボルト、グロメットなどを正しく再生産するには、2号車を細部まで分解する必要がある。

デービーズはミュリナーの大ベテランであり、1970年代にシートメタル加工の見習いとしてキャリアをスタートさせると、プロトタイプモデルのハンドメイド生産を行っていたクルーの試作部隊でも働いている。

その後、メカニカルエンジニアとしてのトレーニングを受けた彼は、ミュリナーのプロジェクトリーダーとなり、基本的には少量生産で対応の難しい極秘プロジェクトに携わって来た。

このプロジェクト以前、彼の最大の成果は戦時中に失われた1939年製ベントレー・コーニッシュ・サルーン・コンセプトの復活であり、この車両はベントレーの100周年記念で大きな役割を果たしている。

引退間近の彼だったが、そこに持ち込まれたのがブロワーのプロジェクトだ。

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