【連載:清水草一の自動車ラスト・ロマン】#7 憧れのフェラーリ・セダン!
公開 : 2025.05.09 12:05
自動車はロマンだ! モータージャーナリストであり大乗フェラーリ教開祖の顔を持つ清水草一が『最後の自動車ロマン』をテーマに執筆する、毎週金曜日掲載の連載です。第7回は『憧れのフェラーリ・セダン』を語ります。
機関や変速機が健全なのだから!
つくばの大平原に広がる、メカ砦ならぬメカトリエにて、大貴族号(200万円で買った先代マセラティ・クアトロポルテ)と初対面し、内外装の意外な没落ぶりに軽い衝撃を受けた私。
もうひとつ衝撃だったのは、グローブボックスに残されていた大量のリモコンだった。オーディオやテレビのものらしいが、何が何やらサッパリわからないし、その雑然ぶりが大貴族らしくなかった。

新車時(1540万円)はともかく、最近これに乗っていた方は、見栄重視のパンピーだったのかもしれない。何しろ激安だし……。
いや、そんなことはいい。なにしろ機関や変速機が健全なのだから! フェラーリ・エンジンがちゃんと動いて、その動力が後輪に伝えられれば、あとはすべて枝葉末節! 無視してヨシ!
タコちゃん(マイクロ・デポ岡本和久代表)「じゃ、試乗します?」
オレ「えっ、乗れるんですか!?」
タコちゃん「乗れますよ。車検ついてますし。私もまだ乗ってないんで」
我々は、大貴族号で大平原へ乗り出すことになった。
私は非常に緊張した。なにかこう、ものすごく繊細な壊れものに触る気分だったのである。この緊張感は、フェラーリ288GTO試乗時に匹敵する。
『くおぉぉぉぉぉーん!』
キーをひねると、若干長めのクランキングの後、フェラーリ製4.2リッターV8エンジンは『ぶわぉ~ん』と重々しく目覚めた。思わず「お~!」と声が漏れる。
右パドルを引いて『D』に入れ、しずしずと発進。徹底的に人気のないデュオセレクト(シングルクラッチAT)は、おだやか~につながって後輪に動力を伝えた。

ジャリ道を慎重に乗り切って舗装路へ。軽くアクセルを踏み込むと、フェラーリ・サウンドを発する間もなく、デュオセレクトがシフトアップする。
それはまさにシングルクラッチATのソレ。ゆっくりした変速タイミングは、フェラーリのF1マチックより、アルファ・ロメオのセレスピードやフィアットのデュアロジックに近い。
左パドルでシフトダウンし、少し回転を上げてみた。『くおぉぉぉぉぉーん!』という吸気音が控えめに響いてとても気持ちいい。20年くらい前、先代クアトロポルテに初めて試乗した時、「これぞ我が理想のサルーン!」と感動した記憶がよみがえる。
その背景には、30年以上前に試乗したランチア・テーマ8.32への陶酔があった。私は、フェラーリ・エンジンを積んだセダンにずっと憧れてきたのだ。それは、かつての南極大陸の如き未踏の地。男のロマンである。
オレ「ちゃんと走りますね!」
タコちゃん「いまのところはねぇ」
ちゃんと走るだけで涙。