手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 9年を費やしレストア 後編

公開 : 2023.08.26 17:45

後席ではわからない魅力的な運転の印象

ツーリングリムジンというボディは、専属ドライバーへ運転を任せ、フロント側とガラスで仕切り、プライベートな移動空間として使われることが意図されている。普段の移動手段として、オーナー自ら運転することも想定されてはいたが。

つまり、リアシート側の快適性へ多くの気が配られている。シートはウェスト・オブ・イングランド社製のクロスで仕立てられ、ブルーのカーペットが敷かれたフロアにはフットレストも備わる。

ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)
ロールス・ロイスファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)

顔を隠せる太いCピラーには、アールデコ調の照明が組み込まれた、コンパニオンミラーが配される。一部のファントムIIIのボディには、パワーウインドウやパワーブラインドも備わっていた。この例の場合は、ラジオとフォールディング・デスクのみだが。

運転手を雇っていた初代オーナーは、このロールス・ロイスの魅力を完全には理解できていなかったと思う。戦前の技術でありながら、驚くほど運転が心地良いのだ。

シートポジションは高く、クルマの上に座っているような感覚。ステアリングレシオはこの頃としてはクイックで、ロックトゥロックは3回転。肉厚な18インチ・タイヤは、路面の乱れを殆ど車内へ伝えない。

加速は至って滑らかで、堂々とした威厳を感じる。シームレスで、上等なシルクの上をなぞるように前進していく。現代の交通にも、問題なく交われる。

身のこなしは重々しい。視界の開けたコーナーへ速めのペースで侵入すると、急激にアンダーステアへ転じる。ボディロールは想像ほど大きくないが。

条件が許すなら筆者にとって最高の高級車

ドラムブレーキにはギアボックス駆動のサーボが組まれ、制動力は強力。操作しやすい位置へ伸びるシフトレバーは、ゲートへコクリと収まる。

すべての操縦系の動きが繊細で、好ましい手応えがあり、ファントムIIIの走りへ調和している。ソリッドでもあり、堅牢性は高そうだ。

ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)
ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)

発進時は1速を用いるが、豊満なトルクで基本的には2速と4速だけでこと足りる。オートマティック・トランスミッションが登場する以前、ドライバーへ安楽な運転を提供するための手段だった。

戦前のロールス・ロイスを代表するファントムIIIは、生産数の90%が現在まで生き抜いているという。しかしV型12気筒エンジンのリビルドには膨大な費用が必要で、簡単にコレクションへ加えられるモデルではない。

当時のロールス・ロイスは、3年間の新車保証を付帯させていた。第二次大戦が勃発し、ファントムIIIのシャシー生産が終了したことを1番喜んだのは、同社の技術者だったかもしれない。

復元されたシャシー番号3-CP-56のファントムIIIには、新たなオーナーが見つかった。ガレージに保管していても、複雑なメカニズムは定期的に整備する必要があるから、日常的に走らせていた方が状態は保ちやすいだろう。

もし充分な予算があり、面倒を見てくれる人脈があるなら、筆者にとって最高の高級車といえるのが、このロールス・ロイス・ファントムIIIだ。80年前のように、静かにゆったりと離れた目的地まで運転してみたい。

協力:P&Aウッド社

ロールス・ロイス・ファントムIII(1936〜1939年/英国仕様)のスペック

英国価格:2600ポンド(新車時)/20万ポンド(約3620万円)以下(現在)
販売台数:715台
全長:5359mm
全幅:1958mm
全高:−mm
最高速度:148km/h
0-97km/h加速:16.8秒
燃費:2.8km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:2770kg
パワートレイン:V型12気筒7338cc自然吸気OHV
使用燃料:ガソリン
最高出力:167-182ps/3500rpm
最大トルク:-kg-m
ギアボックス:4速マニュアル(後輪駆動)

記事に関わった人々

  • マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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