大富豪が望んだ「ショートテール」 ベントレー・コンチネンタル S2(1) 長すぎる全長に疑問?

公開 : 2024.12.28 17:45

ベントレー・マニアの富豪が作らせた、コンチネンタル S2のショートテール 改造に否定的だったHJマリナー社 約600mmも短い全長 内装はオリジナル 英編集部が不自然なワンオフをご紹介

イメージへ与える影響を意識したベントレー

大富豪は変わった人物が少なくないと、お感じの読者はいらっしゃるだろう。風変わりなものを好む、ロールス・ロイスやベントレーのオーナーは珍しくない。巨万の富を得るには強欲さが必要で、それが極端な行動や嗜好を生むのかもしれない。

顧客による要求が、ブランドイメージへ与える影響を強く意識したブランドの1つが、そのベントレー。以前から、望ましくない印象へ繋がるボディスタイルや装備、カラーコーディネートを希望しても、丁重に断わられることが一般的だった。

ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)
ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)

それでも、コーチビルダーによる奇抜なワンオフ・モデルは過去に存在した。多くは英国外で作られており、当時ブランドを傘下にしていたロールス・ロイスによる管理が及ばなかったのだろう。

フランスのシャプロン社やフラネー社は、ロールス・ロイス・シルバーレイスやファントムのシャシーをベースに、特注ボディを成形している。イタリアのヴィニャーレ社やギア社も、例がないわけではない。

英国のコーチビルダーは、何が理想かを理解していた。ワンオフを依頼されても、エレガントでバランスの整ったフォルムを生み出すことが通例といえた。中には、フーパー社が手掛けたシルバークラウド・エンプレスのような、個性派も作られたが。

強引な英国人もいた。ヌーバー・グルベンキアン氏が依頼した、シルバーレイス・セダンカ・ドヴィルの容姿を見て、ロールス・ロイスの役員は落胆したことだろう。

華やかさより質実さを重視 全長には疑問

ロデリック・ジョージ・マクロード氏も、英国の名門ブランドを好んだ。1891年にオーストラリアで生まれた実業家で、丸く傾斜したボブテールが与えられた、戦前のベントレーをコレクションした。1936年から1964年の間に、6台を所有していたらしい。

H1を含むナンバープレートが、彼の所有車の証。車重を削り操縦性を高めるため、どれもリアのオーバーハングは200mm前後切断されていた。

ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)
ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)

駐車しやすくなるかもしれないが、高い費用は必要だったはず。整ったプロポーションにも、影響は大きかった。機能的な魅力を失うことなく、小さくまとめることには、ある程度のメリットはあったといえるが。

マクロードは積極的に自ら運転し、華やかさより質実さを重視した。ベントレーを支持した理由は、信頼性の高さから。だが、ボディの四隅にタイヤが位置する、短いオーバーハングが理想だと考えた彼は、全長に疑問を抱いていたようだ。

1940年11月8日に発行されたAUTOCARでは、彼のスポーツカーに対する考えが紹介されている。クロームメッキで光らせたり、クリスマスツリーのように飾ることは否定的でも、オープンカーの開放的な体験には肯定的だった。

ところがリウマチ持ちで、走行中に風へ当たることは望まなかった。そこでフロントガラスの上部に、アクリル製のサンルーフを取り付けることで、開放感を楽しんだ。これは「ハイビジョン」と呼ばれ、当時のベントレーの正規モデルにも採用されている。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ベントレー・コンチネンタル S2の前後関係

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