フェラーリと共に生きてきた21世紀【新米編集長コラム#13】

公開 : 2024.12.28 16:05

8月1日よりAUTOCAR JAPAN編集長に就任したヒライによる、新米編集長コラムです。編集部のこと、その時思ったことなどを、わりとストレートに語ります。第13回は長年専門誌編集長を務めてきたフェラーリがテーマです。

フェラーリがあるとんでもない会社に入社

先日、私が約13年間編集長を務めてきたフェラーリ専門誌『SCUDERIA』の取材で、296GTBとプロサングエという最新のフェラーリ2台を連れ出す機会があった。ご存知のように前者はV6ツインターボ、後者はV12自然吸気とパワーユニットが全く違うのだが、改めて、いずれも素晴らしいスーパースポーツたちだった。理想はこれを両方とも所有することだろう。個人的にはGTBではなくGTSであれば、なおよしである。

私が自動車メディアの世界に入った(=ネコ・パブリッシングに新卒で入社した)のは1997年4月のことで、当時新車のフェラーリはF355550マラネロ、456GTAというラインナップだった。そしてネコ・パブリッシングの看板ともいえるカー・マガジンの誌面では、入社直後の号でスポーツカー8台を一気にレポート車として導入! そのうちの1台が550マラネロだった。

信号待ちにフェラーリ296GTBの運転席で撮影。奥にプロサングエが写っている。
信号待ちにフェラーリ296GTBの運転席で撮影。奥にプロサングエが写っている。    平井大介

フェラーリがあるなんて、とんでもない会社に入社したと驚愕したのをよく覚えている。その後、レポート車は550マラネロから355F1へと入れ替わり、その頃にはカー・マガジン編集部所属になっていたので、動かす機会も何度かあった。最初は確かどこかまで運搬する仕事だったと思う。

世田谷の編集部を出発して第三京浜を慎重に、慎重を重ねて走りながら、何せ1973年生まれの元スーパーカー少年であるから、それは感激でしかなかった。これがフェラーリなのか……! と。その一方で、簡単に『動かせてしまった』ことも驚きだった。操作方法を理解し、車高の低さなどサイズさえ気を付ければ、普通に走っているぶんには当時乗っていたフィアットバルケッタとさほど変わらないなぁと(若干語弊あり)。

360モデナはフェラーリ民主化の象徴

エンツォ・フェラーリというカリスマが亡くなり、1990年代前半からルカ・ディ・モンテゼーモロがフェラーリを率いたあたりから、フェラーリは乗りやすさや日常での使いやすさも考慮し始めた。私はこれを『フェラーリの民主化』と呼んでいるが、1999年に『イノベーション』をキーワードに登場した360モデナが、ゴルフバッグをシート後方に搭載できることを謳ったのは歴史的転換点だと思っている。

そして今改めて思うのは、最新モデルの296GTBやプロサングエが、その方向性をより進化させているということだ。もちろんサーキットで全開にすれば途方もない速さを見せるが、そういったパフォーマンスを使わない街中で初めて乗ったとすれば、私がかつて355F1で感じたように、簡単に動かせてしまうことを驚くであろう。

SCUDERIA No.146の表紙と目次。ご購入はお近くの書店さんかネット通販で。
SCUDERIA No.146の表紙と目次。ご購入はお近くの書店さんかネット通販で。    SCUDERIA

幼少の頃より憧れの存在であったフェラーリを、専門誌編集長という立ち位置で約13年も見られたことは、大きな財産だ。それ以前もカー・マガジンやROSSOの編集部員として、21世紀のフェラーリは全てリアルタイムで取材してきた。

そういった積み重ねを、2025年はAUTOCAR JAPANでより強くアウトプットしていきたい。というのも、SCUDERIAの編集長を12月26日発売のNo.146をもって退任したからだ。このコラムをお読みの方で、もしSCUDERIA読者の方がいらっしゃれば、ご愛読に感謝申し上げたい。

実は2024年から2025年にかけたフェラーリは、1999年の360モデナ登場に並ぶ、歴史的転換点にあると思っている。『新型12気筒』のドーディチ・チリンドリと『新型スーパーカー』のF80は、デザインも技術も、後に振り返った時にターニングポイントと言えるモデルになるはずだ。その理由はSCUDERIA No.146をお読み頂ければ伝わると思うので、ご興味ある方はぜひ。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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