大富豪が望んだ「ショートテール」 ベントレー・コンチネンタル S2(1) 長すぎる全長に疑問?

公開 : 2024.12.28 17:45

複数のベントレーへ独自ボディを作らせた

そのマクロードは、複数のベントレーへ独自のボディを作らせた。その最初の1台が、ショートテールの2ドアサルーン。彼自身がデザインしたといわれている。

シャシー番号はB177AEで、ラインオフしたのは1934年。当初は、ベントレー 3 1/2用シャシーに、コーチビルダーのHJマリナー社による4ドアボディが架装されていた。ルーカス社製ヘッドライトと、艶の深い塗装に通常のフェンダーラインが特徴だった。

ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)
ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)

しかし、マクロードの2ドアサルーンでは、マーシャル社製のヘッドライトが低い位置に組まれ、32ガロン(約145L)のガソリンタンクを搭載。広い視界は、彼のこだわりだった。細いフロントピラーで、ワイドなフロントガラスが挟まれている。

大抵1人で長距離旅行を楽しんだマクロードは、荷物はリアシートに載せることが多かった。ボディ後方の大きな荷室は、必要ないと考えていた。

当初のボディカラーは、軍隊が用いるような迷彩色のダークグリーン。車重は1575kgあり、最高速度は156km/hに届いたらしい。燃費は、彼の説明では6.4km/Lだったとか。

航空機や工具の製造で財を成したマクロード

その後ショートテール化されたボディは、オーバードライブ付きの4 1/4リッター用シャシー、番号B142MRへ積まれた。H1が振られたナンバープレートは、その時所有していたウーズレーから外して登録し直したようだ。

だが第二次大戦が始まると、このベントレーは売却される。ガソリンは配給制になり、燃費の良いランチア・アプリリアとシトロエン・ライト15へ乗り換えたらしい。

ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)
ベントレー・コンチネンタル S2 ショートテール(ワンオフモデル/1960年)

4 1/4リッターのシャシーと2ドアサルーンのボディは、南米のアルゼンチンへ輸出。ブラックとホワイトのツートーンに塗装され、1950年代は彼の地のモータースポーツで活躍している。

航空機や工具の製造で財を成していたマクロードは、戦後初のベントレー・シャシーを、先行して注文していたことは間違いない。1946年にはMk VIが納車され、直後にHJマリナー社へ2ドアボディの製造を依頼している。

塗装は、シトロエン・トラクシオンに影響を受けたと思しき、ブラックとシルバーのツートーン。戦前のデザインへ似せたフロントガラスや、リベットが打たれたボンネット、右側に付いたシフトレバーをかわす切り込みなどが特徴だった。

このベントレーは、1963年5月に625ポンドで転売。車重は1500kg以下といわれ、現在も実働状態にある。1980年代半ばに90歳代を迎えたマクロードは、その頃のオーナーと対面し、意見を交わしたという。

この続きは、ベントレー・コンチネンタル S2(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ベントレー・コンチネンタル S2の前後関係

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