アリゾナの太陽に灼かれる日米欧の廃車 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.07.20 18:25

ジャガーXJS – 1987年

XJ-Sコンバーチブルは1988年に発売されたモデルである。しかし、この車両はそれより前の1987年製とのことなので、オハイオ州を拠点とするコーチビルダー、Hess & Eisenhardtによってクーペベースで改造された推定2100台のうちの1台であると考えられる。

XJ-Sは20年間で11万5413台が製造された。5.3L V12エンジンを搭載する美しいクルマだが、この車両は残念ながらプロジェクトカーとしては販売されていなかった。部品取りのために解体される運命にある。

ジャガーXJS - 1987年
ジャガーXJS – 1987年

キャデラック・アランテ – 1992年

ジャガーにはXJ-S、メルセデス・ベンツにはSLがあったが、キャデラックにはそのような高級ロードスターがなかった。1980年代、キャデラックはついにその状況を打破する決意をした。その答えが、ピニンファリーナがデザインしたアランテだった。製造もイタリアで行われ、トリノからデトロイトに空輸されていた。

価格は非常に高く、販売も特に好調ではなかった。実際、7年間(1987年から1993年)の生産期間中に販売されたのはわずか2万1000台だった。

キャデラック・アランテ - 1992年
キャデラック・アランテ – 1992年

シボレー・シェベット

史上最高のハッチバックの1つが、このシボレー・シェベットの隣に停まっている……。やや地味なデザインだったが、シェベットは12年間(1975年から1987年)の生産期間中に280万台を販売する大ヒット作となった。

その売れ行きは初代フォルクスワーゲン・ラビットを大きく上回る。かつてはごく一般的なクルマだったシェベットだが、現在ではほとんど見かけなくなった。

シボレー・シェベット
シボレー・シェベット

オペル・カデット – 1969年

オペルが1965年から1973年まで製造したカデットBは、このクーペを含むさまざまなボディスタイルで展開された。

米国ではビュイックの販売店を通じて販売され、増加する日本車や欧州車との競争を繰り広げた。1966年から1972年にかけて43万台を販売し、好調な売れ行きを見せた。

オペル・カデット - 1969年
オペル・カデット – 1969年

ポンティアック・グランプリ – 1964年

この2ドア・ハードトップの1964年式ポンティアック・グランドプリックスは、下部のクォーターパネルとトランクフロアに若干の腐食が見られたものの、全体的には非常に堅牢だった。

同年、グランプリは6万4000台近くが販売され、前年より9000台ほど減少した。この車両はワシントン州のナンバープレートが取り付けられていたため、生まれ故郷からは遠く離れた土地で走っていたようだ。

ポンティアック・グランプリ - 1964年
ポンティアック・グランプリ – 1964年

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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