英エルズミア・ポート工場の復活を支えた救世主 ダイアン・ミラー氏:編集長賞【AUTOCARアワード2025】

公開 : 2025.08.01 11:05

謙虚に、自分を貫いて

ミラー氏のキャリアは、同年代の若いエンジニアよりも速く出世したが、彼女は自分自身をあまり過大評価しないように気をつけている。

「わたしはとても良い指導者に恵まれていました」

ありのままの自分を貫くことが大切だと語るミラー氏。
ありのままの自分を貫くことが大切だと語るミラー氏。    AUTOCAR

「当時、この業界には女性が少なかったので、今より注目されていたのかもしれません。ただ、今でもエンジニアの仕事をする女性が少ないことは、とても残念です。挑戦したい人には、素晴らしいキャリアが待っています」

女性はありのままの自分を貫けば、男性優位の自動車製造業でも成功できるとミラー氏は言う。女性は職場を人間味のある場所にする傾向がある、とのことだ。

「わたしはいつも、現場に行って作業員と話し、仕事のやり方を聞くことから始めました。『学位があるから、仕事の進め方は知っている』という態度ではなく、信頼関係を築くことで、現場の人たちがいろいろと教えてくれるのです」

そしてアストン、GMを経てエルズミア・ポートへ

シカゴでの役割を終えた後、再びダゲナムの管理職へ戻るよう打診されたが、現場志向だったミラー氏はサウサンプトンにあるフォード・トランジットの工場で数年間、楽しく働いた。しかし、2013年に工場が閉鎖される前に退社。マネージャーがアストン マーティン(当時はフォード傘下)に移籍することになり、塗装の専門知識を持つ彼女も一緒に誘われたのだ。

米国人である彼女の夫が、すでにアストン マーティンの塗料サプライヤーで働いていたことも背中を押した。移籍した先で、アストン マーティンの塗装がフォードとはまったく違うことに気づいた。

クロプリー編集長に工場を案内するミラー氏(左)。
クロプリー編集長に工場を案内するミラー氏(左)。    AUTOCAR

「最初は、1時間に5台のアストン マーティンを塗装する方が、1時間に60台トランジットを塗装するよりも簡単だと思っていたのですが、それは全くの間違いでした。アストン マーティンの塗装は、塗り重ねる回数が多く、研磨工程も非常に多いのです」

「何よりも、トランジットの工程時間は5分程度でしたが、アストンでは25分程度でした。5倍の仕事を覚えなければならなかったのです」

彼女はそこで6年間働いたが、フォードがアストン マーティンを売却した際、再び中央のエンジニアリング部門に戻るよう提案された。

ちょうどその頃、GMのヘッドハンターが現れ、ヴォグゾール・アストラの立ち上げを控えていたエルズミア・ポートへの転職を持ちかけてきた。その塗装工場には大きな過大があった。

ミラー氏は工程を把握し、修正することができる類まれな能力を備えており、この仕事にはまさにうってつけだった。

「移籍を決断し、必要な改革を行えるだけの高い地位で入社しました」と彼女は言う。「アストラの立ち上げは会社史上最高の出来で、わたし自身もとても楽しめました。それがきっかけで、組立部門の責任者に任命されました。塗装の仕事も好きでしたが、組立部門にはもっと多くの人が関わっていて、わたしのスキルをもっと活かせると感じました。現場では順調に改善が進み、スタッフも困っていることを率直に話してくれるようになりました」

「問題があっても、『できることであれば、すぐになんでもやる』というわたしの姿勢をみんなが信頼してくれていました」

記事に関わった人々

  • 執筆

    スティーブ・クロプリー

    Steve Cropley

    役職:編集長
    50年にわたりクルマのテストと執筆に携わり、その半分以上の期間を、1895年創刊の世界最古の自動車専門誌AUTOCARの編集長として過ごしてきた。豪州でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、英国に移住してからもさまざまな媒体で活動。自身で創刊した自動車雑誌が出版社の目にとまり、AUTOCARと合流することに。コベントリー大学の客員教授や英国自動車博物館の理事も務める。クルマと自動車業界を愛してやまない。
  • 翻訳

    小河昭太

    Shota Ogo

    2002年横浜生まれ。都内の文系大学に通う現役大学生。幼いころから筋金入りのクルマ好きで、初の愛車は自らレストアしたアウトビアンキA112アバルトとアルファロメオ2000GTV。廃部になった自動車部を復活させようと絶賛奮闘中。自動車ライターを志していたところAUTOCAR編集部との出会いがあり、現在に至る。instagram:@h_r_boy_
  • 編集

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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