アストン マーティンの「未来」を形作った ローレンス・ストロール氏:リーダー賞 AUTOCARアワード2025

公開 : 2025.07.31 11:45

かのイタリア人と重なる部分も?

こうしたすべてが、今日のアストン マーティン・アラムコF1チーム誕生につながった。ストロール氏は、まだ組織として完成にはほど遠いことを認めている。さらなる発展のため、来年のレギュレーション変更に向けたマシン開発担当として、世界最高のレースカーデザイナーとして広く知られるエイドリアン・ニューウェイ氏を採用したことは大きな話題になった。

ストロール氏のアストン マーティンを見ていると、自分のロードカー事業はレースの資金源にすぎない、と公言したエンツォ・フェラーリ氏と重ねてしまいたくなる。しかし、ストロール氏はその考えを否定し、F1に入ったのは純粋にビジネス上の理由からだと強調している。名前は後から決まったものだ。

アストン マーティン・ヴァンキッシュ
アストン マーティン・ヴァンキッシュ

「このチームは、31年間シルバーストーンに拠点を置いていました。わたしは、このチームに最高の名前をつけたいと思ったのです。それがアストン マーティンでした」

「当時、(アストン マーティンの)オーナーであるイタリアのプライベート・エクイティ会社(投資会社)は、レッドブルのスポンサーを務めていました。わたしは彼らを訪ね、レッドブルにステッカーを貼るだけよりもはるかに多くのことを提供できると伝えました。しかし、彼らは株式公開を計画しており、何も変えようとはしませんでした。そこでわたしは7月にF1チームを購入し、彼らは10月にIPOを実施しました。わたしは情報を入手し続け、約1年後に交渉を開始したのです」

2020年、ストロール氏が率いる投資グループがアストン マーティンの16.7%の株式を取得した。彼はこれを自分のキャリアのハイライトだと考えている。「わたしはブランド・ガイです。ブランドを構築するにはどれほどの費用と時間がかかるかよく知っています。アストン マーティンは、英国の象徴的な存在です」

「それを所有することは、世界最大の夢であり、幻想です。残念ながら、同社は財政難に陥っており、多額の資金注入が必要でしたが、このような夢のためならわたしは実行する覚悟がありました」

ストロールは氏、新型コロナウイルスのロックダウンが始まる1週間前に、取締役会長として経営権を取得した。しかし、彼は以前にもアストン マーティンを所有した経験があり、2つのチャンスを見出していた。1つは、ロードカーの改良だ。

「購入者はアストン マーティンのロードカーを高く評価していましたが、最速であるとか、最新技術を搭載しているなどとは考えていなかったのです」と彼は言う。

もう1つは、レーシングポイントF1チームをアストン マーティンにリブランドすることだ。

「F1は年間23億人の視聴者を誇っています。ロードカーのメーカーを世界的に売り込むのに、これ以上のプラットフォームがあるでしょうか?」

記事に関わった人々

  • 執筆

    スティーブ・クロプリー

    Steve Cropley

    役職:編集長
    50年にわたりクルマのテストと執筆に携わり、その半分以上の期間を、1895年創刊の世界最古の自動車専門誌AUTOCARの編集長として過ごしてきた。豪州でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、英国に移住してからもさまざまな媒体で活動。自身で創刊した自動車雑誌が出版社の目にとまり、AUTOCARと合流することに。コベントリー大学の客員教授や英国自動車博物館の理事も務める。クルマと自動車業界を愛してやまない。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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