アストン マーティンの「未来」を形作った ローレンス・ストロール氏:リーダー賞 AUTOCARアワード2025

公開 : 2025.07.31 11:45

2024年後半から2025年前半で、各カテゴリーのベストを称えるAUTOCARアワード。最高経営責任者からデザイナー、F1チームまで、各部門賞に輝いた人物や組織とは? UK編集部が4人+1チームを選出。

確かなリーダーシップを発揮

ローレンス・ストロール氏に会う前に、彼の成功とリーダーシップを強く印象付ける方法がある。

英国シルバーストーンにある、旧ジョーダンおよびフォース・インディアのファクトリー跡地に2億ポンド(約400億円)を投じて建設された、真新しいF1チーム本部の広い中央廊下を歩いてみるといい。

アストン マーティンの会長、ローレンス・ストロール氏
アストン マーティンの会長、ローレンス・ストロール氏

そこでは短時間で多くのことを学べるだろう。わたし達編集部が訪れた際は、他のF1チームで経験を積み、違いをよく知っているアストン マーティンのガイドが案内してくれた。

アストン マーティン・アラムコF1は今や、モータースポーツ界で「群を抜いて」最高の設備を誇るチームだと、ガイドが誇らしげに教えてくれる。ビッグボスと800人の従業員が抱く勝利への野心は、この素晴らしい施設にふさわしいものだ。

ここは成功への期待に満ちている。その理由の1つは、ストロール氏が業界唯一の「昔ながらの」F1チームオーナーとして、勝利に向けて日々指揮を執っていることにある。

フランク・ウィリアムズ氏やロン・デニス氏はもはや過去の人物だ。ストロール氏を除けば、今日のF1チームのオーナーは自動車メーカーや投資ファンドだ。F1チームの構築はかつてない大事業だっただろう。しかし、その機会が訪れたのは6年前、「まったく予期せぬ、計画外の出来事」だったという。

豪華だがシンプルなストロール氏のオフィスに腰を下ろすと、彼はゆっくり語り始めた。

F1チームの買収は「予想外」

インタビューが始まるまでの間、ストロール氏がどんな人物なのか、ずっと考えていた。ファッションビジネスを運営する傍ら、クルマに情熱を注ぐカナダ人の億万長者。同業者からも、要点にすぐに切り込むタフな人物として知られている。

写真では、ポーカープレイヤーのような無表情で、読みにくく、決して甘くない印象を受ける。インタビュー当日は緊急の仕事が入り、予想よりも忙しい日になったようだ。インタビューが邪魔になるのではないだろうか? 以前にもそのようなことはあった。

ストロール氏はアストン マーティンの再生とF1に力を注いでいる。
ストロール氏はアストン マーティンの再生とF1に力を注いでいる。

限られた時間ではあったものの、ストロール氏は親しみやすく率直な人物だった。今回受賞したAUTOCARアワードの『アウトスタンディング・リーダー(Outstanding Leader)』賞について、わたし達が祝福の言葉を述べたところ、彼は感謝の意を表した。成功を築くためには、決断力のあるリーダーが不可欠だと彼は同意した。

F1チーム、ましてや世界的に有名な自動車ブランドを所有することなど、まったく予想もしていなかったと彼は認めるが、自動車業界との関わりは深い。彼は膨大なフェラーリのコレクションを所有し、20年間にわたってカナダのフェラーリ輸入業者を務めていた。また、ジェントルマンレーサーとしても立派なキャリアを築き、一時期はカナダのレースサーキットを所有していたこともある。

ピーター・コリンズ氏とピーター・ライト氏がチーム・ロータスを運営していた頃、ストロール氏のファッションブランド『トミー・ヒルフィガー』がチームのスポンサーとなっていた。また、デニス時代のマクラーレンの筆頭株主だった故マンスール・オジェ氏とよくF1レースを観戦していたという。

F1チームを買収する機会は突然訪れた。フォース・インディアのビジェイ・マリヤ氏が事業から撤退を余儀なくされたのだ。ストロール氏は2018年8月、9000万ポンド(約180億円)でチームを破産管財人から買収し、1500万ポンド(約30億円)の負債を引き受け、チーム名をレーシング・ポイントに変更した。

「わたしはずっとF1に憧れていました」とストロール氏は語る。「北米のNFLの3倍の視聴者を誇るグローバルスポーツだということは分かっていました。現在、NFLチームは100億ドルの価値がありますが、グローバルな視聴者数がはるかに多いF1チームは、さらに高い価値を持つべきだと考えました」

彼によると、予算上限がないことがF1における大きな矛盾だったという。これにより事実上、「トップチームとその他のチーム」に分けられてしまったと彼は言う。トップチームの予算は、タバコブランド、自動車メーカー、炭酸飲料メーカーなどのマーケティング予算で賄われていた。

ストロール氏は、利益を追求するビジネスとしてF1チームを運営したいなら、旧体制では成功のチャンスはなかったと指摘する。しかし、F1のオーナーとしてリバティ・メディアが参入したことで状況は変わった。リバティ・メディアが導入した予算上限は、競争の公平性を確保することを目的としたものだ。

「予算上限は決して完璧ではありません。しかし、少なくとも何らかの制限は設けられました。エディ・ジョーダンが設立してから31年、当時のチームはフォース・インディアを名乗っていました。わたしはF1が正しい方向に向かっていると感じ、自分のビジョンと情熱、そして資金があれば、いつかこのチームを素晴らしいものにすることができると思ったのです」

記事に関わった人々

  • 執筆

    スティーブ・クロプリー

    Steve Cropley

    役職:編集長
    50年にわたりクルマのテストと執筆に携わり、その半分以上の期間を、1895年創刊の世界最古の自動車専門誌AUTOCARの編集長として過ごしてきた。豪州でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、英国に移住してからもさまざまな媒体で活動。自身で創刊した自動車雑誌が出版社の目にとまり、AUTOCARと合流することに。コベントリー大学の客員教授や英国自動車博物館の理事も務める。クルマと自動車業界を愛してやまない。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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