60周年を迎えたランボルギーニ・ミウラ『公式』ヒストリー(2) 若き才能が生み出した革新的スーパースポーツ

公開 : 2026.03.24 17:25

心が浮き立つようなボディワーク

マルチェロ・ガンディーニがデザイン責任者を務めていた当時のカロッツェリア・ベルトーネとの最初のコラボレーションでは、高さがあり幅広のサイドシルが特徴のスチール製シャシーに、心が浮き立つようなボディワークが施されました。

初回の打ち合わせからわずか数週間後、1966年1月初旬にベルトーネのデザインが確定し、30名のベルトーネ従業員の協力のもと、3月中にはプロトタイプが完成しました。このプロトタイプは快適性と信頼性を生み出すと同時に、驚異的な性能数値を達成しました。

ランボルギーニ・ミウラP400
ランボルギーニ・ミウラP400    アウトモビリ・ランボルギーニ

パワフルなV12エンジンが軽量ボディと組み合わされ、ホイールのデザインも刷新されました。1966年3月、ジュネーブ・モーターショーのベルトーネのブースにて、アウトモビリ・ランボルギーニは既成概念にとらわれないオレンジ色のモデルを発表しました。

そのミッドシップエンジンという概念はクルマの重量配分を根本的に変え、当時としては比類のないドライビング体験を実現しました。そこにベルトーネの卓越した、息をのむほど美しいエレガントなデザインが組み合わされることで、見事な調和が生まれました。

伝説に刻まれた名前『ミウラ』

ランボルギーニと闘牛のシンボルとのつながりは、ブランドの歴史に深く根ざしています。ランボルギーニが初めて有名なスペインの闘牛の品種名を意図的に採用したのが、『ミウラ』でした。

このモデルは、ドン・エドゥアルド・ミウラ・フェルナンデスが飼育したパワフルな闘牛種にちなんで名付けられました。このストーリーはランボルギーニの後続モデルの命名においてもそのまま引き継がれています。

ランボルギーニ・ミウラP400
ランボルギーニ・ミウラP400    アウトモビリ・ランボルギーニ

ミウラ、エスパーダ、イスレロ、その後のムルシエラゴなどの名前は、伝説的な闘牛とその特徴を意図して表現したものです。

ランボルギーニがカロッツェリア・ベルトーネとデザイン面でコラボレーションしたのは、初めてのことでした。定評ある同デザインスタジオは、新たな基準を打ち立てたボディを製作しました。

フラットかつワイド、エレガントでありながらアグレッシブなミウラは、まるで獲物に襲いかかる寸前の捕食者のようです。そのシルエットは低く、車両の全高はわずか105cm程度であり、まつ毛を思わせる印象的な形状のポップアップ式ヘッドライトとゆとりのあるエアインテークは、今日でも時代を超越した外観として位置付けられています。

*3月25日夕方公開予定の『60周年を迎えたランボルギーニ・ミウラ『公式』ヒストリー(3)』へ続きます。

記事に関わった人々

  • 撮影

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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