ランボルギーニのトップが初めて吐露した弱音(前編) リーマンショックもコロナ禍も乗り越えて【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #5】

公開 : 2026.04.18 12:05

エンジニアと自動車専門誌編集者という経歴で膨大な取材量を持つ大谷達也による、『どこにも書いていない話』を執筆する不定期連載です。第5回は、毎年右肩上りで販売台数を伸ばしているランボルギーニがテーマ。その前編です。

アメリカの関税が、少なくとも6ヵ月間影響

「2025年について申し上げますと、アウトモビリ・ランボルギーニにとっては全般的に素晴らしい1年となりました」

同社ステファン・ヴィンケルマン会長兼CEOは、誇らしげに語り始めた。ランボルギーニが2025年の業績を正式に公表する直前にリモート形式で行った、グループインタビューでのできごとである。

アウトモビリ・ランボルギーニのステファン・ヴィンケルマン会長兼CEOにインタビュー。
アウトモビリ・ランボルギーニのステファン・ヴィンケルマン会長兼CEOにインタビュー。    ランボルギーニ

「グローバルな納車台数は過去最高の1万747台。売り上げも史上最高の32億ユーロとなりました。ただし、営業利益は史上2番目の7億6800万ユーロでした」

なぜ、販売台数と売り上げ高が伸びたのに、利益だけが史上最高を記録しなかったのか?

「その理由はおおむね明快です。アメリカの関税が、少なくとも6ヵ月間にわたって影響しました。これは初めてのことです。また為替レートの影響も受けました。そのうちのひとつは対米ドルレート、もうひとつは対日本円レートです。そして3つめの理由が、先ごろ発表した『4番目のモデルをフルエレクトリックからプラグインハイブリッドに変更』したことにあります」

ヴィンケルマンは明言しなかったが、『4番目のモデル』の開発計画を見直したことで、いわゆる特別項目を実施したことが利益を圧縮したと推測される。

ランボルギーニは超優良ラグジュアリーブランド

それにしても立派な業績だ。

そもそもランボルギーニが年産1000台を越えたのは、ガヤルドの生産が軌道に乗った2003年のことで、この年の生産台数はガヤルドとムルシエラゴをあわせてわずかに1305台。これ以降、リーマンショックの影響で2009年と2010年のセールスが伸び悩んだのを除けば生産台数は毎年、右肩上がりに上昇。

2025年の納車台数は過去最高の1万747台を記録。売り上げも史上最高の32億ユーロとなった。
2025年の納車台数は過去最高の1万747台を記録。売り上げも史上最高の32億ユーロとなった。    ランボルギーニ

そして2018年に『3番目のモデル』としてSUVのウルスをリリースしたところ、セールスの伸びはさらに勢いを増し、2017年の3815台から2018年は5750台、そしてウルスの生産が軌道に乗った2019年には8205台を記録し、1万台の大台に王手を掛けたのであった。

翌2020年はコロナ禍の影響で足踏みをしたものの、2021年には早々と成長基調に戻したのに続き、2023年には1万112台を販売して1万台の大台を初めて突破。2024年も1万687台を記録したのに続いて、2025年は前述のとおり1万747台を売り上げた。

つまり、世界経済を震撼させたリーマンショックとコロナ禍を除けば、過去四半世紀にわたって順調にセールスを伸ばしてきた『超優良ラグジュアリーブランド』がランボルギーニなのである。

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

大谷達也のどこにも書いていない話の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事