尊敬するエンジニアたちが教えてくれたこと ブリヂストンのパブリックイメージ(前編)【サイトウサトシのタイヤノハナシ 第22回】

公開 : 2026.07.15 12:05

ブリザックを作ったYさん

もうひとりの人物、この方も手掛けたタイヤをいえば、関係者には誰だかすぐにわかってしまうのですが、やはりイニシャルで書かせていただきます。

Yさんは、ブリヂストンのスタッドレスの父であり、発泡ゴムのスタッドレスタイヤ『ブリザック』を作った方です。

Yさんの元、ブリザックは進化し続けている(写真はVRX3)。
Yさんの元、ブリザックは進化し続けている(写真はVRX3)。    ブリヂストン

最初の発泡ゴムのスタッドレスタイヤは、ブリザックPM-10/PM-20。それ以前はホロニックというシリーズでした。

ブリザックは1988年に登場。PM-10が80偏平、PM-20が65と70偏平でした。55、50偏平サイズは、まだホロニックが売られていたと記憶しています。

ボクがフリーになる前年の発売だったのですが、「コンパウンドの中に気泡が入ったスタッドレスタイヤが発売された」と、ずいぶん話題になったのを覚えています。

当時は、他のスタッドレスタイヤも含めて、まだ氷雪上性能はそれなり、タイヤが滑るのが当たり前みたいなところがあったので、まさか今のようなスタッドレスタイヤが登場するなど思いもしなかったわけです。

でも、氷で滑り、磨かれた雪が止まらないなど、ネガティブなイメージはなかなか崩れることがありませんでした。それでもひたすらタイヤの開発を進めていたのがYさんでした。

1990年代に入ってからのスタッドレスタイヤは、それはもう熾烈な性能競争に入ります。

ブリヂストンでいうと、1992年秋に北海道東北限定の極寒地用スタッドレス=ブリザックPM-30が発売され、合わせてハイウエイスタッドレスEW-11が登場します。

ところが、全国的に売れたのは、極寒地用PM-30でした。九州でもPM-30が売れたという話が聞こえてきました。

これはブリヂストンだけでなく、ほかのメーカーも同様でした。当時、そのくらい切実に氷雪上性能が求められていたということです。

ぶれないコンセプトで進化

そしてここから、Yさん+ブリヂストンは、発泡ゴムの進化にさらに力を入れていきます。

発泡ゴムの気泡を大径化&均一化したブリザックMZ-01(マルチセルコンパウンドZ)、気泡をつなげ排水・除水効果を高めた連鎖発泡ゴムのMZ-02、気泡の水路をさらに大径化したメガ発泡ゴムのMZ-03と、進化は続きました。

一般的なサマータイヤのモデルチェンジサイクルが4年であるのに対し、ブリザックはPM-30の登場以降、3年ごとにモデルチェンジを続け、2009年のブリザックREVO GZまで6代18年間に渡って進み続けたのです。

その後もYさんはスタッドレスの担当を、VRX3まで勤められます。うんと大げさに言いうと、ブリヂストンのスタッドレスの進化の過程で、価値観、コンセプトが1mmも変わることなく作り続けられてきたわけで、それを全て試乗することができたのは大きな財産だと思っています。

コウシスブタジエンゴムの謎を解き明かしてくれたKNさん

話は変わって、こんなこともありました。

その頃よく……、かどうかはわかりませんが、やたら目につき、資料を読むたびに引っかかっていた言葉あります。

約100年の歴史を重ね、進化を重ねるブリヂストン。
約100年の歴史を重ね、進化を重ねるブリヂストン。    山田真人

『コウシスブタジエンゴム』。

当時は何の呪文か、と思っていたのですが、当然。化学の素養のある人には、むしろ説明の必要もないほど、そのモノを指し示す言葉だったりするのだと思います。

ブタジエンというのは聞いたことがあるぞ。ではコウシスとは? そんな迷える子羊(そんな可愛いもんじゃありませんね)に福音のように説明くださったのが、ブリヂストンの中央研究所にいらしたKNさんでした。

この方は、ポリマー研究、高分子分析分野の第一人者なのです。この方の説明がボクでもすんなり頭に入ってくるくらい分かりやすいものでした。

「コウシス(=高シス)ブタジエン」の謎

「ナチュラルラバー(NR)は分子の向きが全て同じ方向を向いた100%シス構造なんです。ところが合成ゴムは100%シスにはならない。どうしても逆を向いたり、ひっくり返った並びが混じってしまうんです。これが、自然の不思議なところ」

「まず、シス構造は、強い引き裂き強度や、引張強度を発揮します。これに対して合成ゴム(ブタジエンゴム=BR)は、どうしても違う向きの分子が混じってしまう(トランス構造やビニル構造)のです。それをできるだけ少なくなるように合成(重合)したものが『高シス』なのです」

確かそんな説明だったと思います。記述の間違いがあったとしても、それはボクの記憶違いなので何卒ご容赦を。

専門分野の話なので、ボクの理解がこの程度ってことなんですが、ともあれ、ずっと頭の中に引っかかっていた「コウシス(=高シス)ブタジエン」の謎が解け、目の前の霧がパーッと晴れるような気がしました。

ブリヂストンという会社は、そこここにものすごい人がいるんだなあと、驚いたのでした。

今回は極々パーソナルな話を通して、ブリヂストンの技術の進化の一端をご紹介しました。

次回はタイヤについて、掘り下げてみたいと思います。

記事に関わった人々

  • 執筆

    斎藤聡

    1961年生まれ。学生時代に自動車雑誌アルバイト漬けの毎日を過ごしたのち、自動車雑誌編集部を経てモータージャーナリストとして独立。クルマを操ることの面白さを知り、以来研鑽の日々。守備範囲はEVから1000馬力オーバーのチューニングカーまで。クルマを走らせるうちにタイヤの重要性を痛感。積極的にタイヤの試乗を行っている。その一方、某メーカー系ドライビングスクールインストラクターとしての経験は都合30年ほど。

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